万×

□ハマナス
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好きな人が居た。その人は可愛くてかっこよくて綺麗で優しくて頭が良くて、まさに完璧と言う言葉が相応しいような人だった。いつも彼の傍に居た。彼もこんな自分のことを好きだと言ってくれた。幸せだった。きっとこのまま二人でずっと生きていくんだと、そう思っていた。幼い頃教会で誓ったように、二人で幸せになれると、そう信じていた。


「万斉」
「よく似合っている、やっぱりこっちにしてよかったでござる」
「ああ、やっぱりお前はセンスがいいよ」
「十四郎にそう言ってもらえるとは」


いつも何を着ても様になっている彼が、今日は一段と綺麗だ。きっと、世界中のどこを探してもこんなに美しい人は居ないだろう。よく、天使や女神に例えるが、彼は例えるなら美しい漆黒の悪魔だと思う。彼に心も瞳も奪われて、魅了される。全てを捧げてもかまわない、と。それこそ自分の命など、全く惜しくもない。もし悪魔に心臓を捧げることで彼と居られるなら、迷わず差し出す。


「覚えてるでござるか、幼い頃教会で誓ったのを」
「ああ、もちろん覚えてるよ」
「十四郎は今幸せでござるか?」
「…もちろん、幸せ、だよ」
「よかった、それなら拙者も幸せでござるよ。
誓いを果たせた、十四郎のお陰で」
「万斉…」


泣きそうな表情で呼ばれると、抱きしめたくなる。ここから連れ出して、二人で逃げようか、どこまでも遠くへ。そしたら彼は、きっとついて来るだろう。この泣きそうな表情も消えるだろう。彼が居れば幸せだ、他に何もいらない。この言葉に嘘偽りなどない。きっと、彼もそう言ってくれるだろう。だけど、


「何て顔でござるか、笑わないと」
「でも、」
「大丈夫、今までと何も変わらないでござるよ
十四郎は次期国王で、拙者は腹違いの兄で、住む所だって関係だって、今まで通りでござる」
「…でも、でも!俺は──」


十四郎の声を遮って重々しいノックが響く。使用人の男がもう直ぐだと告げる。絶望が、直ぐそこまで迫っていると。胸の奥から押し寄せてくるものは、気づかない振りをして。


「それじゃあ、先に行ってるでござる」
「万斉、待って…」
「幸せになって、十四郎」


バタン、とドアの閉まる音がする。彼の姿が見えなくなる。教会に戻って、最前列に座る。相手は美しく物静かな女性だ、きっと幸せになれるだろう。きっと、きっと。──本当に?本当に、彼は幸せになれるのだろうか。もし、もし連れ出したら?彼はその方が喜ぶんじゃないか。いや、そんな非現実的な考えは捨てよう。この国から逃げることなど、不可能だ。きっと幸せになれるだろう。彼が抱いた恋心は、彼に抱いた恋心は、いつの日かきっと幻になるだろう。悪い夢だったと、思うだろう。だって、二人が結ばれるにはあまりに障害が多すぎた。実の兄弟で、男同士で。そんな障害しかない愛よりも、全ての国民に祝福される作られた愛の方が彼を幸せにできるに違いないのだ。

彼が入ってくる。これから来る花嫁を待って。扉が開く、花嫁が入ってくる。祝福に包まれた会場。彼と自分だけが、異色だ。ステンドグラスから入る日差しが彼を照らす。


「綺麗でござるよ、十四郎」


ぽつり、呟くと彼がこっちを向く。駄目だ、ちゃんと相手の女性を見ないと。しかし、笑う。自分も、彼も。自分は、上手く笑えているはずだ。彼の微笑みは、いつだって美しい。


「幸せになって」
「ああ、幸せになるよ」
「十四郎」
「万斉」


さよなら、と声が重なって彼は花嫁と歩き出す。そして、永久の愛を誓うのだ、幼い頃、自分と彼がしたように。
嗚呼、なんて美しい別れだろう。なんて美しい…


「…ごめん」


小さく言った声は、彼に届いたろうか。涙が零れるのを感じながら、それでも笑う、彼の幸せを願って。彼を想って。ごめんね、誓いを違って。君を守れなくて。君を幸せにできなくて。ごめんね、君を愛してしまって。ごめんね。


「誓います」


愛しい彼が新たな誓いを、新たな相手と立てて、



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