万×

□黄蜀葵
1ページ/2ページ



俺達に「信頼」なんて言葉は似合わない

何故なら、互いを信じていないし、信じてもらおうともしていないからだ


「ん…土方殿、」


目が覚めると、既に恋人の姿はなかった 
いつものこととはいえ、やはり寂しい


「(そういえば出て行くのを見たな…
夢現だったでござるが)」


布団の中でごろん、と仰向けになり、
己の恋人のことを考える

敵である彼に惚れたのは、自分の方だった
あの魂の音、凛とした姿

すべてに魅了され、惹きつけられる


「昨日、初めて名前呼んでくれたでござるな…」


情事中ではあったが、
土方は確かに昨日、万斉、と呼んだのだ

切羽詰まったような、余裕のない艶やかな声で


「十四郎、」


呼んでみても当然返事はない
そういえば自分もまだ苗字で呼んでいる

キスを何度もした、身体も幾度となく重ねた、数えきれないほど愛を囁いた

交わらないはずの自分たちの時間は、
少しずつ重ねて

しかし、まだ一定の距離がある

例えば、土方は飲食物をもらってくれない
彼が二日酔いのときに渡した水でさえも要らないと拒まれた

つまり、信頼されていないのだろう

自分とて、土方を心から信頼しているかと問われれば、答えは否だ

しかし土方は、
何度も家に来ているのにいっさい家を調べず、ケータイも覗かず

それは、自分も同じ
決して土方を裏切るなどしない


「…行くか」


ベッドをでてシャワーを浴びる

昨日はそのまま寝てしまった
彼は…恐らく、いつものように浴びないで行っただろう


「む…」


タオルが一枚ないことに気がつく
見ると、洗濯籠の中にある


「丁寧に畳んで、土方殿らしいでござるな」


一歩進展、と心の中で呟く
少し、距離が縮む


「アンタ、ゲイなんスか」
「は?」


鬼兵隊の船舶に着くと、顔を合わせて早々に言われた

もしかして、土方殿と居るところを見られたのだろうか
いや、それは考えにくい
また子殿も洞察力はあるが…


「だって、一回も遊廓に行くところを見たことないッス」
「なんだ、そんなことでござるか」
「だって、芸能界はそういうの多いっていうじゃないスか」
「拙者は一途でござる故、女遊びはしないでござるよ」
「何か嘘くさいッス」


知られてはいけない恋、
知られてはいけない、何があっても

知られれば、地位だけじゃない、全てを失う
命さえも、奪われる

相手を騙して連れてくれば見逃すと言われても、土方殿を失うくらいなら死ぬも同じ

土方殿は、どうなのだろうか

これほどのリスクを背負って、拙者と会ってくれるということは…

いや、それとも最初から情報を得る目的で?
確かに、土方殿は組のためなら汚れ仕事もすると有名
体を売るなんて話しもよく聞く


「それで今に至るわけか」
「それだけ聞けば直ぐ立ち去るでござる」


結局居てもたってもいられなくなり、
夜巡回中の土方殿を路地裏に連れ込んでしまった


「くだらねぇな、本当」
「それは拙者もわかっているが…」
「で?
もし俺がお前を利用してるとか言ったらどうする?」
「それは…」


別れる?
いや、それは無理だ。この存在を失いたくない

殺す?
それも悪くはない。だけど、生きていなければ意味がない

そうだ、それなら攫って監禁して…


「何考えてんだ馬鹿」
「至って本気でござる」
「俺達が会うメリットも理由もねぇよ、求めてもねぇし」
「拙者は土方殿に会える、それがメリットで、理由でござる」
「じゃあ何でわかんねぇの」
「?」


煙草を足でもみ消す
煙草を失い空いた手が拙者の頬に触れる

真っ直ぐに見据えられ、そらせない
耳に土方殿の吐息がかかる


「お前に会えるから」


離れる温もり、愛しい口が弧を描く


「かもな」


さっさと歩いていってしまう
ハッと意識がしっかりしたのは彼の姿が見えなくなってからで


「───…ああ、」


堪らなく、愛しい


叫びたい、愛してると、声の限りに叫びたい


だから、代わりに


「万斉先輩、それ、お通ちゃんっぽくない曲ッスけど、新曲ッスか?」
「いや、」


声の限りに、心から歌う、君の歌


「あっ、副長!
どこ行ってたんですか」
「悪ィ」
「もー、心配させんで下さいよ
って、何笑ってんすか、副長?いって!?」
「笑ってねぇ」


俺達に「信頼」なんて言葉は似合わない

何故なら、互いを信じていないし、信じてもらおうともしていないからだ

それでも会うことをやめないのは、

どうしても互いを求めてしまうから


End
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ