短編

□大した事のない願い事
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二人用のソファーに座り、テレビのワイドショーを眺めながら、耳たぶに手をやって感触を確かめる。
その際に右腕の手錠がジャラジャラと目障りに感じる。いつものこと。
「ピアスあけたい」
私は昔から思っていたことを口癖のように言葉にした。

「ボクがあけてあげようか」

私としてはひとり言だったのだが、どうやら聞こえていたようで、すぐ後ろで本を読んでいた彼は反応した。
テレビ画面に彼の目が反射してこちらを見ている。それが画面上の賑わいをぶち壊した。
本を閉じる音が聞こえ、彼が私を背後から抱き締めた。
今やっている番組がホラーでなくて本当によかったと思う。
放して、という前に耳たぶをがじがじ甘噛みされた。
すぐさま私は頭を振った。
彼は耳を離したが、不平そうに唸った。

彼は溜め息をついた。
「キミに関することはなんだってしたいのに」
私は溜め息をついた。
「止めて頂戴。自分でできることは自分でします」
「どうして」彼は心底不思議そうに問う。
どうして。嫌に決まっているから。なんて言えない。
「私が駄目になるから」
なんだ、そんなことかと呟いて、さも簡単だという顔で彼は私に言う。
「駄目になって、ずっとボクを頼ればいいよ」
そんなことになる前に私はさっさと自殺するわ。

「いっそ壊れてしまえばいい」
あぁ、そうね。いっそ壊れてしまえば、苦しくなかっただろうに。

いつの間にか彼は私の隣に座り、本の続きを読んでいた。
器用な男だ。
右手のみで本を堪能し、左手は私の右手を捕らえて放さないのだから。

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