短編

□意味のない質問
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「好きな人?」
「そう、好きな人いる?」
ふざけてやろう。そういう軽い気持ちだった。
「いるわよ」


絶望的な表情から空虚な眼、口から憎悪の声で私に問う。
「そいつ、だれ?」
脅迫だ。「ねぇ、だれ?」
私が口籠っていると、肩を捕まれ、無理矢理に目を合わさせられた。
「だれ」
もし。
適当な知人の名前を口にしたら。
その人はきっと不幸な目に合ってしまうことだろう。
このまま黙っていれば、私は閉じ込められて一生耳元で愛の尋問が止まないことだろう。


「あなたよ」


言葉を少しずつ飲み込んでいく様子が窺えた。
切羽詰った表情に赤みが差し、照れくさいのか、目を逸らした。
危険は回避したなと思い、ホッとしていたら抱き着かれた。
「もっと早く言ってくれればいいのに」
彼は心底幸せそうに言う。
「そしたら、もっと早く迎えに行ったのに」
そしたらもっと早く地獄が始まっていただろう。
「あー両思いかぁ。もっと早く知りたかったなぁ」
笑顔が止まらないといった感じでにやにやしている。

あぁ。
この人を好きになることができたら、どんなに楽だったか。
彼は私に暴力をふるう訳ではない。
周りからしたらベッタベタなカップルにでも見えていることだろう。

あぁ。
いっそのこと、溺れて現実に上がって来れなくなるまで閉じ込めて頂戴。
そうしたら幸せになれるというなら。

私の視界には、いつだって右腕の手錠と長い鎖とその先の彼の左腕が見える。

「ボク達、両思いだね」
そうね。偶然のではなく、意図的で必然のね。

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