短編

□知らない愛
1ページ/1ページ

それは私が知らない男だった。

足が縺れて転ぶ。膝から血が出た。
「逃げる気あるの?」
靴の音がゆっくり近付いてくる。
パニックに呑まれそうになる。
何で?疑問が頭を埋め尽くす。

大分走った。
裏路地の壁にもたれ掛かりながら、
乱れた呼吸を整え、思考を廻らす。
ここまで来れば大丈夫だろう。
あの男は一体誰だ?

今日は久々に仕事で帰りが遅くなって、
次の日休みだから一人で飲もうと思っただけなのに。
突然あの知らない男が……

フワッと頬を何かが掠めた。
音もなく、覆い被さる様に両腕で縛られる。
「つかまえた」
耳元で囁き声がした。

「ボクがつかまえたら、キミはボクのモノ。キミが逃げ切ったら、ボクは諦める。さぁ、お逃げ。つかまえてあげる」
最初に男がいったことが蘇る。

「私をどうするつもり?」
震える声を抑えて問う。
「そんなに必死に逃げられると、ちょっとショックだな」
男の目は狂気染みていた。

しかし、私の意識は落ちる。

「目、覚めた?」
男の顏がわずか3センチの所にある。
驚いて右腕を動かすと金属の擦れる音がした。
手錠で繋がれていた。
先を目で追うと男の左腕に辿り着いた。

「これから宜しく」

一瞬の悪夢にしては度が過ぎる。
どうやら、まだ冷めないようだ。

「愛してるよ」
いつの間にか膝には絆創膏が貼られていた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ