今日も明日も明後日も
□2年越しに知った裏話は大きい
1ページ/4ページ
『え…?急に仕事が…』
朝ご飯を食べ終えて約束の時間までまだあるから…と、ゆっくりしていたところで十四郎さんから連絡が来た。
「“ああ、ワリーな。この埋め合わせは必ずするからよ”」
『ふふ、じゃあ楽しみにしてる。仕事、気を付けて…』
「“…ああ。サンキュ…”」
それを最後に電話は切れた。
早いもので、あの見合いの日から数週間。
始まりは、あの日の夕方。彼から初めてのメールをもらった。
それから毎日のように彼の仕事が終わると、数回のメールのやり取りをしては必ず最後に“おやすみ”で終わる連絡を繰り返した。
メールの内容はどうでもいい事ばかりで、今日は庭の桜が少し散ったとか、近所の子供に勉強を教えたとか、少し散歩をしただとか…そのたびに彼からは“そうか”とか“そうか”とか“そうか”とか…本当に不器用な返事しか返ってこなかったけれど、私は気にしなかった。
むしろ、彼がメールでハイテンションだったら…なんて考えたら驚きを通り越してひく。
――ただ、たまにそれ以外にも
“桜の眺めすぎで身体冷やすなよ”
とか
“逆に勉強を教わらないように予習しろよ”
とか
“たまには散歩もいいよな”
とか一言でも返事があるだけでうれしくなった。
これを“恋”と呼ぶにはまだ早いけれど、確実に彼へ動くものがあるのは確か。
けれど…――けれど。
そうなっていくたびに、心の奥で何かが動く。
ドロドロ…ドロドロ…、ズリ…ズリ…
重たい何かを引きずる音が響いてくる気がした。
(――伊織…)
頭に響く声。
懐かしい…でも、何時になっても鮮明で温かなその声。
(――もう、うんざりだ)
けれど、同時に思い出したくもないものまで聞こえてくるものだからすぐに耳をふさげば、心の中のものも同時に蓋をされる気がした。
もう、あの人のことは忘れてしまった方が良いのかもしれない。
「――伊織ちゃん…」
『母さん…?』
廊下の向こうからやって来た母さんはいつになく、真面目な顔。
縁側に座る私の隣に腰掛けると、同じように目の前の桜に目を向ける。
「…やっぱり、忘れられないようね」
『……』
何を、とは聞かない。
思い当たることは今、彼の事だけ。
「土方さんと出会って、ちゃんと前進してくれていると…思っていたんだけれど…。
伊織ちゃんの中で彼はまだ、思い出にはならない?」
『…か、あさん…、そのことはもう…』
「あなたは逃げているだけなんじゃないの?――伊織」
真っ直ぐと、向けてくる視線に私はただそらすことしかできなかった。
逃げているなんて…。
「すべてを知られるのが怖いだけなんでしょう?
――ただ、嫌われるのが怖いだけなんでしょう?」
的を得ていた。
わかっている。
――そう、わかってるんだ。
言われなくても、そんな事はもうとっくに。
――…私は、今目の前にいる母さんの本当の娘じゃない。
当然、母さんの夫である父さんの実の娘でもない。
…十年ほど前、私はこの家の近くで拾われた。
そこから、今の私が始まった。