*SS置き場*

□からっぽ
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心に穴が開く…


失ってからずっと悲しいはずなのに涙が出なかった。


いつもの場所に行くと私の近くまで駆け寄って来て、話をして、それから一緒に散歩をする。
忙しい毎日の中での束の間のひとときに私は心癒やされていた。


でも、もう居ないんだ…


そう頭ではわかっているけれど、心が全く追いつかない。
あれからもう何日も経つのに…

職場の外に出ればいつもそこで待っていて、その残像さえも残っていて、きっとまだそこの影から出てくるのではないかとそんな気がしてならない。


今日もぼうっとした頭で帰路に着く。
一人きりのその部屋はとても静かすぎて、私はそのことが余計に心の穴を広げてしまうような気がして音を求める。


TVをつける
同時にバラエティー番組の騒がしい映像と音が私の中に容赦なく入り込んでくる。
ダメだ…騒がしすぎる


CDをつける
ベートーベン ピアノソナタ第八「パセティーク」第二楽章:アダージョカンタービレ
ピアノの旋律が無理なく私の心を包み込んでくれる。
今の私にはぴったり






「どうした?なんか元気ねェな。」


食事を終えて、一服したあとに土方さんは言った。
いつも不健康な食事ばかりしているから、たまには健康に気遣った料理を作ってあげようと、家に招待したのだった。
久しぶりに逢えて嬉しいのにどうしても笑顔が曇ってしまう。理由は隠す必要なんてないから素直に話す。


「あのね…」


猫が車にひかれて死んじゃったの。


職場の近くに住んでるノラ猫だったんだけど、餌あげてて仲良くなって、お昼休みとか外でお弁当食べるときいつも一緒に公園で食べて、お散歩して…


「でも、死んじゃったの私のせいなんだ。いつもより早い時間に外出する予定があって、その日に私を待っていて、ひかれたの。」


だから、私のせい。


「それは違うだろ。みかのせいなんかじゃねェ。どうすることも出来なかったんじゃねーか。」


違うの、私のせいなの。


「私がちゃんと飼ってあげてたら…そうしたら今も元気にいられたのに…」 


そう言って私が俯くと優しい声が降ってくる。


「お前、その猫と過ごせて楽しかったんだろ?」


「うん、楽しかった。毎日すごく癒やされてた。」


「じゃあ、みかに可愛がられていたその猫も嬉しかったんじゃねーの?普通のノラ猫の何十倍も幸せだったんじゃねェか?」


そうかな?


顔を上げると、頬杖をついて微笑みかける土方さんのその表情はとても優しかった。


「ここに座れ。」


土方さんは自分の隣をポンポンと叩き、手招きをする。
私が座ると土方さんはギュッと体を抱きしめてきた。


「な、なに?」


「いいから黙ってろ。」


その声があまりにも優しさに満ちていて、私はそのまま体を土方さんに預けて抱きしめられる。

心に空いた穴を通っていた冷たい風が、土方さんの体温により暖かい風に変わる。
抱きしめられたまま優しい掌で頭を撫でられると、今まで出なかった泪がぽたりとこぼれ落ちた。
そのあと私は、土方さんの腕の中で堰を切ったように泣き続けたのだった。


私の泪が枯れる頃、土方さんは泪のあとを指で拭ってそっと私の唇にキスを落とした。


***

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