マヨネーズ王国の入り口

□遠くの親類より近くの他人
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正月の三が日も過ぎて、ようやく街が通常に落ち着いてきた頃、俺は屯所で変わらぬ日常を送っていた。
朝、道場で稽古をし、午前中は会議と執務と雑務整理。 一段落して昼飯を食い、食後に一服する…束の間のひとときだ。
気の引き締まるような寒さと、青く澄み渡った空を見上げ
「年末年 始は実家に帰るんです」
と、言っていたアイツを思い出す。

そろそろこっちに帰ってくる頃だろうな。

ふと何気に、少し前の出来事を思い出した…あれは去年末のことだっただろか、アイツが嬉しそうに俺にこんな事を話していた。

「あのね、最初に土方さんが連れて行ってくれた定食屋さんで会ったのが縁で、万事屋さん達と最近仲良くしてもらってるの。」

なんでも、
偶然飲み屋で会った際に、友達がいなくて寂しいと万事屋に相談したところ「じゃあたまに万事屋に顔を出 して神楽の相手をしてやって欲しい」と言われたのだとか。

「銀さん達と関わるようになったら、お登勢さんとかも相談に乗ってくれて…皆さん良くしてくれるし、知り合いも増えたし、友達もたくさん出来たの。新八くんのお姉さんのお 妙ちゃんも仲良くしてくれるし…」

俺では、友達がつくりたいというアイツの力になってやることも出来なかったので、万事屋の顔の広さには正直助かった。
何より、アイツが楽しそうならばそれでいいと、その時は思ったのだった。





翌日、俺は非番のためいつものように定食屋へ赴くと、予想通り万事屋の奴がいた。 俺は2つ席を空けたところに座る。
すると万事屋が話しかけてきた。


「よォ。」


「んだよ」


「あのさァ…君んとこのみかちゃんて、なんつうか… 酒グセ悪いの?」


前置きもなく、唐突にアイツのことを話題にされて飯を吹きそうになる。


「んだよ、急に」


てかコイツ今、親しげにみかちゃんて、呼びやがった…?


「こないだねェ、っても去年の忘年会のことなんだけど…」


そういえば、万事屋の忘年会にいったとか言ってたな …


「まァ、…俺の回りの女達なんてアレじゃん?酒入るとモンスターみたいになっちゃうのばっかりじゃん? ?酒入ってなくてもある意味モンスターだけどさァ〜…… ああいうのとは違う酒グセの悪さってェーの?」


若干、俺に気を使っているような物言いで奴は続けた 。


「あの、アレだよね?あのコ……」


奴が躊躇っている理由がなんとなくわかった。確かにアイツは酔うとかなり甘えてくる。
まさかアイツ、万事屋にも甘えたんじゃねェだろうな…?


「あの……酔うと、かわいくなっちゃう系…だよね?」


嫌な予感は的中した。
アイツは誰それ構わずなのか!
いや、そんな女ではないのはわかっているつもりだが …


「あァ?何が言いてェんだよテメーは。」


俺は万事屋をジロリと睨みつけた。


「イヤ、イヤイヤイヤイヤ!!何もしてないから!!俺は手ェ出したりなんかしてないからね!!ホントになんもないからね!!勘違いしないでくれるゥ?!」


まったくだ。
だいたい俺だってまだ手を出していないというのにコイツに先を越されてたまるかっつーの!!
実のところ、アイツとはまだ一線を越えてはいない。…なんというか、そんなに簡単にアイ ツの事を扱いたくはなかったのだ。その気がないというのは嘘になるが 、血塗られた人生を送ってきた俺のような奴が簡単に汚してはいけないような気がして…


「たださァ〜、酒入ると素直でかわいいなァ〜と…って!!!そんなに睨むなよ〜!!!俺はただ、ちょっとした人生相談受けただけなんだからさァ〜」


気づくと、いつの間にか俺は万事屋の胸ぐらを掴んでいた。
とりあえず冷静になろう…
俺は咳払いをし、座り直す。
人生相談って何だろう?
奴に相談するくらいなら俺に話せばいいものを… それとも万事屋の方が話しやすくて頼りになるというのか?
確かに俺は仕事ばかりで、ろくに構ってやることも出来やしない。色々と世話をしてくれた(回りがだが)万事屋のヤツの方に傾いてしまうのも なんの不思議もない。

会えないせいか、もやもやとした不安が俺の心の中を渦巻いていった。



俺がそんな事を考えているとはつゆ知らず 『今日帰ってきたから、これから少し会えない?』とアイツから急に連絡が入る。
俺は考えを振り払い定食屋を後にし、女の元へ向かうことにしたのだった。





「何か用か?」


「用がないとダメなわけ?」


女は不機嫌に頬を膨らませる。


「………帰ってきたら、いちばんに土方さんに会いたかっただけなのに…そんな言い方しなくたって。」


聞こえるか聞こえないかの声量でぶうたれて文句を言っている。
残念ながらしっかり全部聞こえているが…
どうやら、俺にいちばんに会いたいと思っ てくれていたようだ。自然に頬が緩むのを感じながら、女の頭にポンと手を置く。


「用がなくてもくるけどな。」


途端に女は花が咲いたようにふんわりと笑う。 俺の言葉ひとつでくるくると表情がかわるので見ていて飽きない。


「そうそう、帰省中に地元の温泉に行ったから温泉饅頭買ってきたの。今、お茶を淹れますから、一緒にに食べましょう。」


茶を一口飲み、女は箱を差し出す。


「これはね、屯所の皆さんへ。近藤さん甘いものは召し上がるかしら?持っていってね。」


「ん、ああ、わかった。」


他にもいくつかあるようだが…
そう思ってそちらに視線を向けると、


「ああ、こっちはね、いつもお世話に
なっているお登勢さんと、万事屋の皆さんに。銀さん、甘いもの大好きだったよね?」


『銀さん』という言葉に俺はピクリと反応した。さっきの定食屋での奴の話を思い出す。


「そういや、さっき万事屋に会ったぞ。お前、万事屋に人生相談したんだって?相談事なら俺が聞いてやるのに… 」


なるべく自然に言ったつもりだったのだが、女はそれを聞くなり顔を赤らめ恥ずかしそうに言った。


「ひ、土方さんには…その、相談出来ないっていうか…」


え?なんだよ、そのリアクションは!!
なんで顔が赤くなってんのォォォ!?

想定外の反応に俺の心はいっそうざわついてしまい、その後はなにを話したのか思い出せないくらいだった。
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