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□ふとした優しさ
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日曜日、私は妹の買い物に付き合って二人でぶらぶらと歩いていた。 お腹が空いたので近くのイタリアンレストランに入ろうとした時、急に妹が私の袖を引っ張って言った。


「ねぇ、あれってヒロトくんじゃない?」


妹の視線を辿ると、ヒロトが女の子と仲良さそうに並んで歩いてゆくのが道をはさんで反対側に見えた。


なーんだ、
やっぱ彼女いるんじゃない。
黙ってんのはお互い様ね。


彼女だとあんなに優しい表情で笑うんだな…そう思ったらなんだかちょっとだけ寂しい気持ちになった。


「ヒロトくんイケメンだから彼女も可愛いねー、やるなぁ…」


妹はニヤニヤしながら言った。


「イケメン?誰が?」


私はそんなふうに思った事など一度もなかったので、妹がそう思っていた事にびっくりした。


「……お姉ちゃん、目が腐ってんじゃないの?」


妹は訝しげに私を見る。

確かに、思い返せば友達は私がヒロトと幼なじみだと知るとかなり羨ましがっていた。 私は、好きだったり、気になったりする人だと誰でも格好良く見えるものなんだな、とその時は思っていた。


「イケメンなのか…」


「え?まじで気付かなかったの?」


妹は珍獣でも見るかの様な眼差しで私を見つめた。

小さい頃から姉弟(兄妹)みたいにしていたから、ヒロトは私の弟であり兄のような存在だった。
そのくらい自然に当たり前にヒロトは私の近くにいたのだ。






ある日、
私はついに我慢の限界が訪れ、別れを決意し、軽く1ヶ月は会っていなかった彼を会社の近くのカフェに呼び出し待っていた。

彼は10分ほど遅れてやってくる。

別れる原因は何てことない、彼が違う女に好意を寄せていたのだ。
浮気が本気になったクセに、いざ相手に振られたら私の所に戻りたいなどと泣きついてきた。 

散々話合ったが、私にはどうしても彼をもう一度受け入 れる事が出来なかった。

彼が席につくや否や私は言った。


「何度もメールしたけど、別れる以外の選択肢は私にはないから。」


彼は黙っていた。


「聞こえたら今すぐ携帯から私の番号とアドを消去して。」


私は絶対に譲らない目付きで彼を睨みつけた。彼はしぶしぶ私の言う通りに携帯を操作する。


「用件は以上、さようなら。」


私はきっぱりと言い放つと席を立ちカフェを後にする。


はぁ…やっと終わった。


私は今日の気力を使い切り、公園のベンチに座り放心状態のままぼーっとしていた。


「サボり?」


突然ヒロトが現れた。
というか、私はしばらくぼーっとしていたため、近くに来た事にすら気付かなかったのだ。


「休みよ。どこから湧いてきたの?」


ヒロトは私の隣に座る。


「うーん、本当にたまたま通りすがり。リエが、カフェから怖い顔して出てきたとこを発見したので来てみた。」


ヒロトはそれ以上は何も言わなかったし、聞かなかった。 そして黙ってベンチを立つと、どこかへ行ってしまった 。
しばらくするとヒロトは戻ってきた。


「人で解決する癖、直んないのな。ハイ、」


そう言ってヒロトはオレンジジュースを私にくれた。


見てたんだ…


「もう終わった事だから。」


私はベンチに足をのせて膝を抱え俯いた。


もう終わりにしたんだ…


ふいにヒロトは私の頭をポンポンとたたいた。頭に触れる掌が優しくて、その反動で私の目から涙がこぼれ落ちる。
止め処なく零れ落ちる涙に私は困り果て、泣き声をヒロトに聞かれたくなくて声を殺した。


***
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