短篇集

□ワインの紅に溺れて2
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※『ワインの紅に溺れて』の続きです。




最近草薙があまり伏見と時間を過ごさなかった事には訳があった。勿論バーを運営する上で多忙という事もあるが、それ以上に問題だったのは草薙の理性である。一ヵ月ほど前、草薙と伏見は初めて身体を重ねた。まだ中学を卒業して間もない真っさらな少年である伏見に無理はさせまいと、伏見を抱くのはせめて伏見がもう少し成長してからと心に決めていた草薙だったが。

「なんで抱いてくれないんですか?」

普段どおりの仏頂面で吐き出された伏見の言葉に心臓が跳ねた。
いやいや、待ちぃな。自分、まだ16やろ?あかん、まだあかんわ。さすがにあかん。草薙の内心の焦燥を余所に、伏見は続ける。

「俺とするの、嫌ですか?」

草薙と目を合わせることなくじっと自分の手の甲を見つめながらそう呟く伏見に、草薙は焦りやら欲情やらが交じり合い全身から汗が吹き出すのを感じだ。

嫌な訳がない。むしろ今すぐにでもベッドタイムに持ち込みたい所存である。しかし、相手は未成年どころかまだ中学生を少し越えたばかりの少年。絶対にあかん。自制心を保とうと必死に自分の欲を押さえ込み、伏見を宥めようと俯いていた顔をあげ必死に引きつった顔に笑顔を貼りつける。

「伏見、せやから――…」

草薙の言葉は、最後まで紡がれる事はなかった。顔を上げた草薙の唇に、伏見のそれが触れる。完全に他に気を取られていた草薙の咥内に、伏見は自分の舌を差し入れ草薙の舌を絡め取る。くちゅり、と互いの舌が擦れる濡れた音が室内に響く。伏見自身慣れない行為に、短時間で草薙の咥内から舌を引っ込め唇を離す。

自分から淫らな行為を働いた恥辱に伏見は耳まで真っ赤に染めながら、口元を掌で覆いもう片方の手できゅ、と草薙の服の裾を掴む。

「抱いて、ください」

そんな伏見のいじらしい行為に、草薙の理性はプッツンと細糸のように簡単に切れた。その後は細い伏見の身体をベッドに引っ張り込み、欲望のままに貪った。伏見が気持ちが良さそうに喘いでいた事が唯一の救いだったが、当然身体に相当な負荷が掛かった伏見は翌日を一日中ベッドの上で過ごす事となった。
草薙は地に頭を付けそうな勢いで伏見に謝ったが、当の伏見は何でもなさそうに「なんで謝るんすか」とむしろ驚いたような表情を浮かべていた。

「やってしもた…」

「草薙さん絶倫だからねぇ。まぁでも、伏見も良い経験になったんじゃない?」

綿のように軽すぎる十束の励まし紛いのものを聞き流しながら、草薙の心中は穏やかではなかった。

無理をさせてしまった、自分より七歳も年下の少年に。草薙は自分の軽率な行動を心底反省した。しかし下手に致してしまったために今まで必死に止めていたリミッターは外れてしまったようで、伏見を見ると彼を抱きたいと思う自分が図々しくも台頭してくる。
きっと伏見は草薙が抱きたいと言えば応じるだろう。伏見は自分の身を軽視しがちなところがあるし、例え自分が無理をしてでも恋人である草薙の要求に応えようとするだろう。伏見は、そういう少年なのだ。

そしてそれを鎮めよう、時間が経てば鎮まるだろう、と思考停止し、少しの間伏見と距離を置こうとした結果、ずるずると一ヵ月が経過していた。伏見への申し訳なさを強く感じる一方で、何でこの子こないに可愛らしいんや、そりゃ俺かてムラムラもするわ、と開き直り始めている草薙も中々に煮詰まっていた。

そして今現在、自分の下で頬を赤く染めベッドに四肢を放っている伏見の姿に草薙の中で警鐘が鳴り響く。

“俺がいない方があんたも気が楽なんじゃないすか”その言葉についカッとなりメンバーたちの前で深い口付けを交わし、勢いで二階まで連れてきてあろう事かベッドに押し倒してしまったが、どうしたものか。もう、どうしろってゆうんや。内心涙目になりながら、草薙は思考する事を放棄しかける自身を叱責する。

「俺と…」

半ば混乱している草薙に対して、伏見は自分に覆い被さる相手を見つめ遠慮がちに口を開く。

「俺とヤったの、気持ち悪かったですか?」

「…へ?」

いやいや、むしろ愛する恋人を抱けて心も身体も最高に良かった。まさか、と草薙が仮定した伏見の言わんとしている事柄は、次の言葉で確信に変わる。

「あれから、草薙さん冷たかったんで」

ああ、なんちゅうこっちゃ…。草薙は頭を抱え、自らの伏見に対する今までの態度を心底後悔した。伏見は、草薙が自分との情事に不快感を覚え、それが原因で距離を置かれたのだと思ってしまったらしい。

そんな事は断じてないが、確かに伏見にとっても草薙に抱かれた一夜は軽いものではなかっただろう。その日を境に避けられれば、そう考えるのも無理はない。己の軽薄な行動に頭に鈍痛を覚えながら、草薙は慌てて弁解する。

「ちゃう、ちゃうねん。お前に無理させたなかっただけなんよ」

そう言って、草薙は伏見の背中に腕を回し細い上半身を起こさせ、強く抱き締める。

「しんどい思いさせて、堪忍な…俺自身余裕なくて、お前の気持ちこれっぽっちも考えられてなかったわ」


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