短篇集

□ワインの紅に溺れて
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※伏見も吠舞羅の設定





「おれの事なんてどうでもいいんでしょ」

ぽつりと呟かれたその言葉を拾ったのは、グラスを磨いていた草薙と暢気にグラスのワインを煽っていた十束だった。

「んー…伏見、どないしたん?」

困ったように眉を下げ草薙はそう問い掛ける。それはその言葉が自分に向けられているものだと理解した上で、非常に嫌な予感がしたためである。よく見ると、伏見の目の前に置かれたグラスには先程までコーラが注がれていた筈だが、今は赤い液体が入っている。僅かに赤みを帯びた伏見の頬。まさか、と十束を睨むと、「ちょっとなら良いかなぁって」と眉をハの字にして笑う。

「何しとんねん…伏見は未成年やぞ」

「ごめんごめん、物欲しそうに見てたから、一杯くらいなら良いかなぁと思って、つい」

「ついやないわ!てかその表現やめろ、何かやらしいわ」

吐き捨てるようにそう言って、気を取り直すように咳払いを一つ零し、笑顔を貼り付け伏見に向き直る。

「伏見、お前酔うとるんやろ?二階空いとるから休んでいき。尊が荒らしたままやと思うから、今準備を…」

「また、誤魔化すんですか」

普段のような淡々としたものではなく、少し熱を帯びた声色が何とも下半身によくない。そう考えたところで、中学卒業して間もない子供にたいして何を考えとる、と草薙は自分を叱責する。

「ほんとうにおれのこと好きなら、仕事よりもおれを優先してくれるハズでしょ。この日は二人で過ごせるだの、この日こそは平気だの、最後にデートしたのいつでしたっけ?一か月前ですか?」

草薙の内心に気付く筈もなく、まくしたてるように言葉を並べていく伏見に草薙は圧倒される。ちょっとワインが入っただけでこんなに饒舌になるもんなんか、と頬を引きつらせながら、草薙はゆっくりとした優しい口調で伏見を諭す。

「伏見、聞いて?社会人にもなると、そうもいかへんもんなんよ。自分に寂しい思いさせて悪いとは思うわ、せやから少し落ち着き?」

「もう聞き飽きましたよそんな言い訳…」

それもばっさりと一刀両断され、草薙はグラスを拭く手も止めて思考を巡らせる。こんなに溜め込ませてしまっていたか、と反省しながら、今この場をどううまく丸め込むかを考える。

「…わかれる」

「へ?」

思惟する草薙を余所に、伏見の口から零れた言葉に間抜けな声を上げてしまう。わかれる?今この子、別れるってゆうた…?

「ちょ、伏見?待ちぃな、ほんまに落ち着き、」

「こんな思いばっかするくらいならわかれた方がマシです。あんたもおれがいない方が気が楽なんじゃないすか?」

伏見の言葉に、サングラス越しの瞳が細められる。片手のグラスをカウンターに置き、草薙はカウンターから離れたソファの周辺に屯っている鎌本達の方へと視線を向ける。そして、カウンター辺りの空気の異変に気付いていた鎌本と目が合う。

「鎌本、八田ちゃん」

草薙は八田を指さし鎌本にそう指示する。その言葉の真意にすぐに感付いた鎌本は八田の両目を自分の大きな掌で覆う。

「あ゛ぁ!?何しやがんだ鎌本!離しやがれ!!」

「少しの間だけですから我慢してくださいよ八田さぁん」

バタバタと暴れる八田に顔やら腹やらを蹴られながら、鎌本は必死に八田を押さえ込む。その喧騒に、アルコールの回った思考の鈍った頭でのろのろとそちらを振り返ろうとする伏見の服の襟首を掴み、草薙はカウンターの椅子に腰掛けている彼を強引に引き寄せる。突然の出来事に重心のバランスを崩し、反射的に慌ててバーカウンターに両手を付いた伏見が気の唇に、草薙のそれが触れる。瞳を見開く伏見を尻目に、口付けは深いものへと変わる。

「ふ…んちゅ…んン、ちゅ、ふァ…ン」

伏見の肉厚な舌を味わい尽くすように己の舌で絡め取り、厭らしい水音を周囲に漏らしながら草薙は伏見の後頭部へと掌をまわす。片手をカウンターに置き身体を支えながら、もう片方を草薙の肩に置き、腕を突っ張り逃れようとする伏見を逃がさないように、がっちりと後頭部を掴みより深く口付ける。といってもその抵抗はほとんど形だけのもので、無意識のうちに伏見も自分から舌を絡ませている。

「んッふ、んちゅッ…ンは、ァ…」

「…ベッド行こか、猿比古?」

漸く解放されたかと思えば耳元で甘くそう囁かれ、伏見は身体の奥からぞくぞくと快楽が巡るのを感じる。濃厚な口付けに腰砕けになりながら、頬を赤らめ潤んだ瞳でうっとりと草薙を見つめ、伏見はこくりと頷く。先程までの草薙に対しての悪態は何処に消えたのかと問いたくなる程に、伏見は蕩けた表情で草薙を見つめている。

「十束、悪い、あとよろしゅう頼むわ」

「任されましたぁ。ごゆっくりー」

緩く敬礼のポーズを取る十束を一瞥し、草薙はとろんとした表情を浮かべ何とかカウンターに手を置いて身体を支えている伏見を横抱きにし、カンカンと軽快な音を立てながら二階へと上がっていった。もういいだろうと鎌本が八田を押さえ込んでいた手を離すと、案の定拳骨が飛んでくる。

「か、勘弁してくださいよ八田さぁん…」

「うっせぇ!!てめぇから喧嘩うってきたんだろぅが!!」

眉を吊り上げて怒鳴る八田を宥めるように、十束が二人の間に割って入る。

「まぁまぁ八田落ち着いて。草薙さんと伏見の気持ちを繋げるための手助けをしたと思って」

まぁ精神的にだけじゃなくて、肉体的な繋がりがこれから二階で行われる訳だけど。しかし十束の心の中で付け加えられた言葉が、八田に聞こえる筈もない。

「ハァ?なにいってんすか十束さん。マジワケわかんねぇ」

不満そうに眉を顰める八田を穢れない天使を眺めるような温かい瞳で見つめながら、そんな八田が見たら卒倒するようなふしだらな行為が上で行われるのだろうなぁ、と一部始終を眺めていた十束は暢気に笑みを溢す。キングとアンナは今夜は俺の家に泊まりかぁと考えながら、まぁ伏見と草薙さんにとっては調度いい機会なんじゃないかと、カウンターの上に置かれた僅かにワインの入ったグラスを眺めながら、十束は自分のグラスの酒を悠々と飲み干した。



End.
 

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