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□その孤独の輪郭をなぞって
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「美咲が俺の心の鼓動からほんの数センチやそこらの所を選んでくれたことって、本当奇跡だよなぁ。美咲もそう思わない?」

八田の小さな体を完全に包み込む形で抱きしめながら、ぼんやりとした表情でそうぽつりと溢す伏見に、腕の中で可愛い小さな生き物がもがく。

「おいコラ猿、俺はこんな窮屈な場所選んだ覚えはねぇ!さっさと離しやがれ!」

偶然道端で顔を合わせ、当然のように乱闘になだれ込んだ二人は互いにほとんど炎を使い果たし、その中でもまだ動く体力が残っていた伏見が現在の主導権を握っている。路地裏で尽きた体力を絞り出してもがく八田をいとも容易く腕の中に抑え込みながら、伏見は八田の体温を感じながら一人物思いに耽る。

「はぁ…何で別々に生まれてきちゃったのかね」

「あ゛ぁ!?なーに言ってんだテメェは!いいからさっさと…」

「美咲の心臓に生まれたかった」

「ハァ!?気色悪いこと言ってんじゃねぇぞクソ猿!」

八田の肩口に顔を埋めてそう呟く伏見に、八田は苛立ちを隠しもせずに怒鳴る。それに対して何も言わずに唯八田を抱きしめる力を強める伏見に、八田は違和感を覚える。気色が悪いのはいつもの事だが、自分の事を挑発してこないのは珍しい。そう思ううちに怒りも幾分静まり冷静になった八田は、ふと気づいたように小さく言葉を紡ぐ。

「…テメー、またやせたろ?どうせ好き嫌いばっかしてろくなもん食ってねぇんだろ。だっせぇな」

「…細いとか、美咲にだけは言われたくない」

「一緒にすんじゃねぇよ。俺は偏食なお前と違ってちゃんと食ってる」

と、冷え切った伏見の身体に包まれながら、そういえばコイツは冬が苦手だったな、と八田はぼんやりと考える。中学の時から、人肌が恋しくなるだかなんだか知らないが、悪態を吐きながらべったりくっついて離れなかった。寒いから子供体温は助かると言う伏見に何度声を荒げたかわからない。

八田は体力が底を突いている事を理由に、しばらくの間伏見の思うとおりにさせてやろうかと考えたが、青服に身を包む伏見を瞳に捉えて考えを改める。コイツは、もうあの頃の伏見ではない。瞳を鋭くし、伏見を睨みつけ八田が口を開こうとしたその時。

「みさき…」

弱々しいその声色に、八田は思わず口をつぐむ。昔から、自分の弱みを見せようとしない奴だった。そんな強がりな伏見が、時折見せる弱った顔、自分の前でだけ見せる伏見の一面があった。八田はそれを見るとそれまでの他の感情など何処かへ吹っ飛び、唯々伏見を落ち着かせるように黙って傍にいた。

「っ、くそ…」

過去を捨て切れていない自分に嫌気が差しながらも、こんな状態の伏見を突き放す事も出来ずに八田は黙って伏見に身体を預けた。

突き放す事も出来なければ、それでいて解り合う事も出来ない。こんなに近くにいるのに拭えない孤独を抱えたまま、色を違える二人は少しでもこの曖昧な思いを紛らわせようと互いの温もりに意識を集中させた。



END.
 

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