架空職業

□ゴースト・ブリーダー
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「だから…一般人に悪戯するなって何度も言ってるでしょ…」

気怠げで、それに加えてあからさまに苛立ちを含んだ伏見のその声色に、しかし十束はあっけらかんとした様子で伏見に笑い掛ける。

「嫌だなぁ、悪戯したわけじゃないよ。ていうかこの年になって悪戯なんて、するわけないだろ〜」

悪びれる様子の無い十束の態度に頭に鈍痛を感じながら、伏見はこめかみを押さえた。一週間前、無色の王によって命を奪われた十束の死を知ったのはセプター4の屯所でのことだった。前から伏見は十束に対して苦手意識を持っていたし、その上自分は吠舞羅を裏切ったのだ。未練などない筈なのに、伏見は十束の死を聞いた瞬間頭に重い物体を落とされたような衝撃に言葉を失った。そして、十束殺害事件の捜査中も心にぽっかり空いた穴は塞がらなかった。

「十束さん、死んだんだな…」

無意識に口から零れたことばに、自分自身驚いた。

そして、伏見は十束が死んだという重い事実を抱えたまま誰もいない自宅に帰宅した。そんな伏見の瞳に飛び込んできたのは、殺風景な部屋の隅にぽつりと存在するベッドに腰掛け、伏見を見てにっこりと微笑む死んだ筈の十束多々良だった。

「あは、成仏し損ねちゃった」

それにしても伏見の部屋生活感ないねぇ、と続ける十束に、その訳のわからない状況に言葉を失いぱくぱくと魚のように口を開閉させたあとに、伏見は漸く音としての言葉を紡ぎ出した。

「――あんた、人の家で何してんすか」

問題はそこじゃねぇだろと自分自身に突っ込みながら、伏見は知らぬ間に長く続いていた緊張の糸が解けたように深く息を吐いた。



そしてその数日後、新たに伏見の家に転がり込んできた人物…いや、幽霊がいる。学園島でダモクレスダウンを起こしかけ、それを食い止めるために青の王によって命を絶たれた赤の王、周防尊である。あの夜、赤の王から授かった赤のクランズマンとしての力が宙に浮かびあがり空に消えた。それが疑いようのない赤の王の最期を示している事に誰もが気付いていた。吠舞羅の連中が、まるで赤の王への鎮魂歌のようにお決まりの台詞を叫び続けている。堪える事無く溢れる感情のままに涙を流す八田の姿に、伏見は複雑な感情を抱いた。あいつはいつでも真っ直ぐで、素直に感情を吐露できる。それに対して羨望にも似た思いを感じた伏見は、そんな自分自身に吐き気を覚え考える事を放棄した。そしてその日、後始末を済ませ様々な感情を抱えたまま帰路に着いた。本当に長い一日だった。しかし大変なのはこれからだ。王殺しを行った事で青の王のヴァイスマン偏差にも大きな負荷が掛かった筈だ。おそらく、これまで通りという訳にもいかなくなるだろう。赤の王を失った吠舞羅の動向も気になる。吠舞羅という名前を思い浮かべた瞬間、先程の吠舞羅の徴が消失した事を思い出し、伏見はぽつりと言葉を零す。

「尊さん…死んだんだな」

吠舞羅にいた頃から畏怖の念しか抱いた事のなかった人物だが、いざ死んだのだと思うと実感がわかない。吠舞羅を離れて随分経つのに、未だ自分の中では大きな存在として君臨していたのだと改めて感じる。胸の中で渦巻く靄は大きくなるばかりで、もしかしたら八田のように感情を吐き出す事が出来たら楽になるのだろうかとさえ考えてしまう。そんな自分に舌打ちを一つ溢し、伏見は自宅の扉を開けた。

「よぉ」

そこには先程まで自分が感傷に浸っていた原因そのものである周防がまるで我が家でくつろぐようにソファにふんぞり返っていた。何日か前にも経験したようなそれにしかし慣れる訳がなく、伏見は言葉を失い固まった後何とか言葉を吐いた。

「…ここ俺んちなんすけど」

だからそこじゃねぇだろうがと思いながらも、それがそのときの伏見に可能な精一杯の返答だった。




信じがたいことだが、どうやら伏見は霊媒体質らしい。成仏できなかった十束と周防が伏見の部屋にいたのも意図的に訪れた訳ではなく気付いたら其処にいたらしく、「成仏できなくて居つくのがBAR HOMRAならわかるけど、伏見の家なんてね〜」と十束は呑気に笑っていた。


「吠舞羅の皆…特に草薙さんには、悪いことしちゃったな。あとキングにも」

「俺はおまけか」

「違う違う、勿論一番申し訳ないと思うのはキングに対してだよ?でも、今は生きている人達が優先、でしょ?」

「は、てめぇらしいな」

ソファに腰掛け(その表現が正しいかは幽霊だからわからないが)二人で話し込む十束と周防をベッドの隅から眺めながら、伏見はぼそりと口を開いた。

「…あの」

「ん?どうしたの伏見」

「あんた達いつまでここにいるつもりなんですか」

その至極当然の疑問に、十束は困ったように笑う。

「そりゃあ、成仏するまでかなぁ」

外に出ようといても時間が経つと何故か伏見の家に戻ってしまうらしい十束と周防を追い出す手段は、やはり成仏させるしかないらしい。寒さから逃れるように頭から布団を被った伏見は心底嫌そうに眉を顰める。

「ていうか伏見、なんでそんな端の方にいるの?」

「…別にいいじゃないすか、放っといてください」

ベッドの隅に身を顰めるように丸まっている伏見に十束はそう問い掛けるが、伏見は顔を逸らし布団を深く被る。人間嫌いの伏見は、外界で関わりたくもない人間と多く接しなければならない反動で家では全てを遮断するように部屋の隅で丸まっている。それが一番落ち着くのだ。

「ていうか、いつまでもこうやって此処にいられても迷惑なんで、早く成仏してください」

布団の中からそう吐き捨てるように投げられた伏見の言葉に、十束は残念そうに笑う。

「えー、冷たいなぁ。ねぇ、キング?」

「あー、お前も一緒にあの世にくるってんなら、今すぐ成仏してやっても良いぜ」

予想もしなかった周防の末恐ろしい台詞に、伏見はばっと布団から頭を覗かせ周防の顔を覗き見る。楽しそうなその表情からからかわれたのだと理解し、伏見は舌打ちを一つ漏らす。

「尊さん、もし俺を道ずれになんてしたら、あんた立派な悪霊ですからね」

「安心しろ。やり方わかんねぇから」

(…わかったらやるのかよ)

心の中でそう悪態を吐く伏見を余所に、相も変わらずソファにふんぞり返っている周防は何かに気付いたように伏見を見る。その視線に気付いた伏見は、訝しげな目をしながら周防に尋ねる。

「…なんすか」

「お前…家だとモサいな。中坊の頃と変わんねぇ」

「…っといて下さい…!」

先の見えない幽霊たちとの共同生活に、伏見は複雑な感情を抱えながら当たる筈も無い枕を周防に向かって投げつけた。




END.
 

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