「俺は周防尊の元で力を得た」

目の前に置かれたレモネードの入ったグラスから、シュワシュワと炭酸が泡立つ音が聞こえる。それと共に静かに紡がれた伏見の言葉に、八田は肩越しに伏見に視線を寄越す。

「猿比古、お前…」

中学からの付き合いだ。八田は鈍感で目敏く人の心情を捉えられるタイプではないが、伏見の想いを直感で感じ取る事も少なくはない。普段何を考えているのか真意を掴めない事が多い伏見が、わかりやすく感情を吐露する場合があることを八田は知っている。

「このときをどれだけ待ったか…」

タンマツを眺めながら、溢れ出す感情を抑え切れずに伏見は口元を弧に歪める。不安気な瞳で伏見を見遣り、彼が通覧するタンマツへと視線を移す。鮮やかな装飾を施された文字列が目に映る。其処に書かれていた言葉に、八田は絶句した。

“ハッテン場情報サイト”

一瞬、二人の間の空気が凍った。

「――バカかてめえぇぇぇぇええ!!!お前が強くなるための理由ってそれ!?それなの!?」

場の空気も何もかもを吹き飛ばす様に、八田の悲痛な叫びがBAR.HOMRAに響き渡った。





ガチ







「中学ンとき美咲が“ひ弱なお前がんなとこ行ったら野郎共に好き放題ぶち犯されて危ない”っつったんだろーが」

伏見は憮然とした態度で八田を睨む。外は晴天の昼下がり、清々しい程の賤しい話題に八田はタコのように顔から耳まで真っ赤に染める。

「ぶち犯…!?ててててめぇはまたんな事を平然と…!!!俺はそんな露骨なこと言ってねぇよ!!」

確かに厭らしい表現を聞いただけで顔を真っ赤に染め上げるそうな純情少年が、それを口に出せるわけがない。其処はえげつなさ八割増し程度の伏見の誇張が施されているのだろう。

「似たような事いってたろ」

卑しい言い回しを平気で言ってのけた張本人の伏見猿比古は、色白の肌に端麗な眼鼻をもった中性的な顔立ちの青年である。その無愛想な態度と言動が、それを台無しにしているが。

「とと、とにかく…!んなとこ行くのは許さねぇ!!ダチをんな危ねぇ場所に行かせられるか!!」

馴染みの友人をそんな情欲に塗れた場所に行かせる訳にはいかない。八田は、同性愛に偏見を持っている訳ではない。しかし、数時間前まで顔も知らなかった相手と身体を交えるなんて危なすぎる。病気とかの危険もあるんだろ、きっと。詳しくはわかんねぇけど。そう思案する八田を伏見が不満げな表情で一瞥する。一つ舌打ちを溢し、あからさまに嘆息を漏らす。

「はぁ…美咲がんなひょろい身体じゃなくて、引き締まった筋肉のいい男だったらなぁ」

八田は背筋がぞくりと粟立つのを感じる。身近で済ませられたら楽なのになぁという気怠さを全面に滲ませている伏見に悪寒を覚える。むしろ、こいつの好みから外れていて本当に良かったと改めて実感する。

「るっせぇ!てめぇにひょろひょろとか言われたくねぇよ!」

安堵する他方で一応相手の腹の立つ発言を牽制する。言われっぱなしは癇に触るし、事実伏見は偏食が祟り大変細身である。ちなみに、八田は牛乳以外に好き嫌いはなく何でもガツガツ平らげるが、何故かそれは体型、特に身長には全く活かされなかった。苦手としているものが致命的なのだと伏見は言う。

「あ゛ー、尊さんに抱かれてぇ…」

あまりにも畏れ多い人物に対しての伏見の発言に八田はばっと周りを見渡す。幸運にも皆各々の活動に夢中で自分たちの会話は聞かれてはいないようだ。

「お前、他の奴もいるとこであんまりそーいう事いうんじゃねぇよ…」

「最初から言っといただろ。俺は尊さんの身体目当てで吠舞羅に入ったんだ」

「ホント何度聞いてもえげつねぇ理由だな…」

細身の筋肉質が伏見の一番好む体型である。それに加えて周防の雄を感じさせるその野性的な雰囲気も、伏見の興奮を誘うらしい。興奮という表現に少なからず引っ掛かるところはあるが、周防を心から尊敬する八田にとって伏見が周防に好感を持っていることは喜ばしいことだった。伏見が好感を持つのはあくまで周防の身体に関しての話だが、八田はそこまで深くは考えない。

「まぁいい、今は尊さんじゃなくてこっちだ」

伏見はタンマツに視線を戻し地区の検索に移ろうとする。マズい、本気で行くつもりだ。中学の頃から、何事にも興味のない伏見が唯一熱心だったのが好みの男性関係の話題だった。伏見が根っからの男色である事を知っているのは吠舞羅でも八田だけだ。自分が何とかしなければ、伏見は見知らぬ男とくんずほぐれつして爛れた関係を結んでしまうことになる。それだけは避けなくてはならない。しょうがない、と八田は腹を括る。

「――猿比古、上半身裸の尊さんの写真欲しくねぇか?」

「!」

タンマツを凝視していた伏見の瞳が一瞬で八田に向く。食い付いてきた、と内心ガッツポーズを取りながら八田は続ける。

「この前風呂上がりで服探してた尊さんと鉢合わせたからよ、あんまりすげー引き締まった身体してたから一枚撮らしてもらったんだよ」

伏見は眉の皺を深く刻み、困惑したように八田とタンマツを交互に見つめる。すでに八田の言いたいことを理解しているようだ。八田は、ハッテン場に行くか、周防の上半身裸の写真を手にするかを選べと暗に意味している。伏見の本命(の身体)は周防である。「あの胸板に抱き殺されたい」と真顔で発言する程度には、伏見は周防の身体に心酔していた。その写真が手にはいるなんて堪らないだろ待ち受けにして一日中ながめてるわ、と考えている事を祈りながら、八田は周防という尊敬する存在を写真とはいえ交渉の手段としてもちいていることに罪悪感を感じながらも、友の貞操のためだと自分に言い聞かせる。

「どうする。見知らぬ低レベルな男と、そんなんとは比べもんになんねぇ尊さんの上半身裸写真」

どんな交渉だ、とツッコミを入れたら負けである。伏見は自分のタンマツそっちのけで八田に自信満々に掲げるタンマツを凝視している。これは、勝ったな。確信し、八田が口元を緩める一方で伏見がうっとりとした表情を浮かべて瞳を細める。

「尊さんの腹筋…はアァ…半年間は毎日おかずにできる…そこから、一物も想像して…」

「…やっぱお前にはやれねぇわ、尊さんの写真…」

恍惚とした表情で自分の身体を抱き締める伏見に、自らの王の身の危険を感じた八田は掲げていたタンマツを下げ否に冷静な声色でそう呟いた。




to be continued...










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