本
□とある夏の吸血鬼
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昨日も今日も飽きもせず、蝉が自らの存在を人に知らしめるように鳴いている。
たった一週間しか自由に動き回れないと知った時の幼い俺は、奴らにひどく同情した。
夏。
入道雲があちらこちらに浮かんでる。
つい最近まで長袖を着ていたのだが、今や半袖どころか家ではほぼ上半身裸。
暑さがヤバい時はパンツ一丁の時だってある。
まぁ、妹に飛び蹴りされてズボンは履かなくてはいけなくなるけど…。
いつからあんな乱暴な子に育ってしまったんだろうか。
母に似たのか、姉に似たのか…。そして俺は母に頭の上がらない父に似たのだ。
妹をはじめ、姉や母のドス黒い笑みに頭が上がらない俺自身に溜め息が出た。
しかし、そんな妹達とも明日から一週間離れられる。
妹は妹なりに一応淋しそうにはしてくれたけど、姉は「あっそ。」で終わったなんて俺は信じない。泣かない。
我慢強い性格になったのはきっと彼女が居てくれたからだ。
とゆうか、なんで俺が一週間家族と離れる事になったかというと…。
五日前の話になる。
――――――――――
「侑士君家ぃ?」
「おん。お盆休みに翔太と2人で行く予定やったんやけど、翔太のやつサッカー仲間の別荘に招待されたんやって。」
「…せやから翔太君の代わりに俺に来い、と?」
「頼むわ!!俺、一人じゃ心細いねん!」
「俺は別にええけど…。侑士君ん家はどないに思ってるん?」
「ちゃんと許可貰っとるで。侑士のオカン、大歓迎やって。」
「………ほんなら、お邪魔しよかな。」
「おおきに!!さすがは俺の親友や!!」
――――――――――
…と、まぁこんなかんじである。
従兄弟の友人を一週間家に泊めるうえに、新幹線の往復チケット代まで出してしまうなんて忍足家太っ腹すぎ。
さすがは医者の家だな。
「蔵、東京バナナ忘れるんやないで。」
「わかっとるっちゅーねん。」
「私のプリンも忘れんといてな、くーちゃん♪」
「はいはい。買ってくればええんやろ。……ところで、」
「なんや、金は渡さへんで。」
「え!?お金取ろうとしとったん!?うわー、くーちゃん最低。」
「ええか、蔵。お土産っちゅーんは自分の楽しかったことを周りの人に分け与えるものなんやで。」
……絶対に嘘だ。
そんな話、聞いたことない。
「あ、せや。カモメの卵もよろしゅうな。」
「……………おん。」
姉と妹は俺のことを便利なお使い役だと勘違いしてるらしい。
何が東京バナナや、何がプリンや。
東京バナナなんて『バナナ』に『東京』ってつけただけやろ。格好つけやがって…。
それに、バナナはスーパーに行けば山ほどあるし、プリンなんてコンビニに行けば五種類ほどあるだろう。
スーパーやコンビニに行って買ってくればそれもそれでお土産だ。
だが、そんなお粗末過ぎるお土産を買ってきたら最後。
俺がこの家で発言をすることさえ許されなくなってしまう…。
そうなるんだったら、東京バナナだろうがプリンだろうが山ほど買ってきてやる。
「そいじゃ、お土産よろしゅうね。くーちゃん♪」
「忘れたら……わかっとるやろ?」
ニッコリと笑って俺の部屋を出て行った妹と姉。
階段から下に降りていくリズムのいい足音が聞こえる。
さっきまで俺の部屋を埋め尽くしていた空気は妹と姉が立ち去ると共に消え、完全に夏の蒸し暑い部屋となった。
「太ってしまえ…!!」
俺の虚しい心の叫びは、いつの間にか網戸に止まっていた一匹の蝉の声によって無かったことにされたのだった。