dream

□歳月 †
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もしもという言葉ほど事後において無意味なものはないだろう。あの時ああすれば良かったのだと反省することは無きにしも非ずだが、大抵が行き過ぎて災難に見舞われた自分を必死に慰める会に早変わりしてしまい、今更どうにすることも出来ない現実を浪費するだけだ。だからリゾットに報告するとき、まれに夢に見たときにでもそれをして終結させる。オフの日に思い出すことはしない。今の仕事でそれなりの年月をこなしてきたけれど早々に定着した私のスタンスだ。開き直ったともふてぶてしくなったとも云うかもしれない。それでも、頭で理解していてもどうにもならない場合があるけれど。
「ねえギアッチョ。もし私がスタンドを使えたらどんな能力だろうね」
月が大っきくて綺麗だなぁなんて眺めていたらギアッチョがシャワーから戻って来た。
「ハァ? なんだァいきなり」
「遠距離型、遠隔操作型? かな。ぱっと見どう役に立てるのって感じの能力でちょっとクセがあるような、さ」
「まず間違いなくパワーは無えだろうな」
「だよねえ」
ギアッチョの髪は荒々しくタオルにかき回されあちこちに跳ねていて、なかなかワイルドなことになっていた。これが渇くといつも通りのくるくるした渦巻きヘアに戻ってしまい、本人はほんの少しの間不機嫌になるのがとても可愛いのだけど、それを言葉にしたことは一度たりともない。
「らしくねえな。ありもしねえこと夢想するなんてよ」
「可能性として全くないとは言えないでしょう?」
「てことはオメー、さっきもずっとンなこと考えてたってわけか?!」
ギアッチョの神経質な表情が途端に赤味を帯びて、私は内心吹き出してしまった。
お怒りはごもっとも。セックスの最中に別のことを考えていたと告げられることほど興醒めするものはないだろう。女性誌なんかで時折目にする話ではあるけど、わざわざ口にするなんて無神経この上ない。
「直前まではね。最中はそんな余裕なかったよ」
「フン……らしくねえな。誰かに何か言われたか? オレの知る限りオメーは『たられば』の夢想して自分を慰めるような女じゃねえ」
なるほどギアッチョは私を分かっている。良く言えば切替の早い、ともすれば情の薄い女と思われがちな性格を随分と前にギアッチョは『女々しくなくて良い』と言ってのけた(褒め言葉である)。
うちのチームは私が知る限り、全員が試験の際にスタンド能力に目覚めたらしい。この組織のどれだけの人間が試験を受け、その合格者の割合も、いつからそんな制度が導入されたのかも知る術はない。
でもって、私はその一癖も二癖もある入団試験を正攻法でパスしたお陰で、矢に貫かれて死ぬという危機を回避した。ただしそれはスタンド能力に目覚めるチャンスを逃したことに他ならなかった。
「もしかしたら、壊れたものを元通りにしたり傷を治したりする能力かもしれないじゃない? 私達って怪我してもまともな医者にはかかれないし、時と場合によっちゃ自分でけじめつけなきゃいけないし、そんな能力があったら大活躍だよね」
「ケッ。 オメー自分が癒し系とでも思ってんのか? 何を思い上がってんのか知らねーが、オメーみたいなのは一瞬であの世行きだぜ」
「分からないよ? チームでは一番常識人な上に図太さは負けないし」
ギアッチョはそれまで私の話をくだらねえと思いながらも聴いてくれていたけど、途端に悲しそうな疲れたようなカオになって、
「いいか。死んじまったものは今更どうしようもねえし、あいつらは……自業自得なんだ。しょうがねーこと考えてねえで、いい加減頭ん中整理つけろや」
ギアッチョの眉間にうっすらシワが寄ってたのも気付いていたし、そろそろ一喝されるだろうなとも思っていた。でも父親が息子にするよう諭されては、自分がいかに軽率なことを言ったのかと要らない反省をしてしまう。
二人は最低の犯罪者だったから、自業自得と言われれば確かにそうかもしれない。仕事とはいえメンバーの皆が眉をひそめるようなことも一切躊躇しなかった。それどころか人を殺すことやそれに至るまでの過程を存分に楽しんでいた。彼らの辞書に良心の呵責という言葉はなかったし、誰しもが決してまともな死に方をしないだろうと分かっていた。当人達にも自覚はあった。けれどあろうことかあんな最期を迎えるなんて。
「オメーは今の自分のことだけ考えてろ」
ギアッチョの髪とタオルの感触が私を冷静にさせる。そういえば、2人が殺された頃もギアッチョはこうして後ろから抱きしめてくれた。
殺しは慣れるしかないと教えられた。他人の死期がほんの少し早まって、それは仕方のないことで、自分がやらなくとも近いうちに同業の誰かが手を下すものなんだと。当たり前のことだと認識することで大分楽に生きられるからと。
でも、そうしてしまうと人間ではなくなってしまうと思ったから、その代わりに2人をかけがえのないものと思うことにした。単に仕事の先輩後輩という関係に過ぎなかったけれど、2人も私に対して幾ばくかの情を持っている様子だった。
「それでも2人は私の家族同然だったから。今更切替えることなんて出来ないよ」
死んだら悲しいと感じる人間を数えるには片手でこと足りていたのに、そのことがあってからはどうとも思っていなかった他のメンバーすら失うことが惜しくなった。
2人が死んでから考えたことは、はなから情など持たなければ当時や今をもっと楽に生きられるのか。これこそたらればの詮ない話だし、答えはイエスかもしれないしノーかもしれない。ただ1ついえるのは、彼らがいた日々は今の私そのものであり、私は今更それを否定することは出来ないのだ。




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