dream

□ハイ・タイム・ベイビー
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「なあキミ、そこのベッラ! ボッデガのバッグとポリーニの靴の、あァ大振りのピアスもキマッテる―そうキミだ」
夜勤明けで昼過ぎに起きたナマエは、久しぶりの買い物を楽しむべく友人との待合わせ場所へ向かう途中だった。少し寝たとはいえまだシャッキリしない頭に男の緊張感のない声はひどく耳障りだった。不愉快な声を出すなとの意を込めて睨んでやったら、何を勘違いしたのか男は嬉々としてこちらに向かってきた。面倒くさい。
「お出掛けかい。買い物か何かか」
運の悪いことに信号に捕まった。無視を決め込むに限る。
横目で見たところ、その若い男は髪をあちらこちらでつまんで固めていた。頭部全体がクモそのもの。露出の多い服は若者に人気のファストファッションだろうか。ナマエからすれば柄が派手だしカットも大胆すぎて好みじゃないが、イカレた髪のこの男には良く似合っている。
「オレはサーレーってんだ。キミの名前は? 早速だけど、この界隈は詳しくなくて教えてもらいたいんだ。そんなあからさまに嫌なカオしないでさ」
面倒くさい。
「なあったら」
信号が替わった瞬間にダッシュで逃げようと待っていると、男が肩に手を回してきた。ナマエはすかさず男の顔面に裏拳を見舞う。ブゲェとマヌケな悲鳴が聞こえた直後に信号が青になった。ナマエは全速力で駆け出した。

それが今からほんの三日前の出来事だった。
「アンタ、ナマエチャンていうんだな。オレのこと憶えてる? オレは憶えてるぜ。あんだけ見事な裏拳喰らう機会はそうないからな。あんときアンタはオレの話なんか聞いちゃいなかっただろうから改めて自己紹介するぜ。オレはサーレーってんだ。これから暫く世話になるからさ、よぉぉぉく憶えておいてくれよ」
「…………知ってます。事前に聞いていたし、そこの名札に書いてありますし」
「あれはマジでシビレた。初対面があんなんで更にこんな所で再会するなんて、これって運命ってやつだよなァ」
運命の悪戯という陳腐なフレーズが頭をよぎる。ナマエは自分の顔がぴりぴりと引きつるのを感じた。
目の前の包帯とガーゼに包まれた男は、三日前カプリ島のマリーナ・グランデ港内に停泊していたボートの中で発見された。真昼間から銃撃戦を繰り広げたそうで、銃創が右すね、喉元、口内、更に額の同じ箇所に二発。全身に打撲と裂傷があったが銃創に比べたらかわいいものだ。幸運だったのは銃弾がどういうわけか身体のごく浅いところに留まっていたこと。男はまず島内の病院に搬送され、ここの病院で摘出手術を受けた。
「頭にニ発目喰らったときはマジでオワッタと思ったけど、やっぱ日頃の行いだよな」
かといって本人は怪我のことなどさほど堪えていないのか、なんとも呑気に話しかけてくる。
この近くに住んでんの?
ここが初めての職場?
休日はどう過ごしてる?
趣味は?
好きな音楽は?
オススメの映画は?
イチオシのファッションブランドは?
痛々しい包帯と病院が貸出したパジャマのイメージに反して、その態度は初めてナマエに声を掛けてきたときと何も変わらない。


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