dream

□愛をこめて花束を
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見渡す限り雲一つない鮮やかな青だ。陽射しは強いが風がある。何も考えず外を歩くにはもってこいの陽気だ。
……はて。さっきから何か忘れてはいないだろうか?

メローネはアジトの最寄駅近くを歩いていた。そう、バイクではなく徒歩、普段よりはずっと大人しめの格好で。そうすべくしてそうなったはずだが、その経緯がさっぱりと思い出せない。
それでも気にせず裏通りを歩いていると、少し先に花屋を見つけた。小さな発見だ。
いかんせん花には全く興味がない。普段なら気にせず通り過ぎるところだったが、所狭しと花が溢れた少女の夢の如き空間に、とても不釣り合いなものを見付けてしまった。
「リゾットじゃないか! どうしたんだこんな所で。カワイイ彼女にプレゼントか? デートか? そうだよな? あんたはリビングに花の一つでも欲しいとか思うタイプじゃないもんな」
「メローネか。まあそんなところだ」
リゾットは突然の珍入者に驚いたようだがあっさりと認めた。メローネが何だつまらない、と拍子抜けするほどに。とりわけ隠すことでもなく、隠したとしても後々面倒になると思ったのだろう。
「どんな女だい? あんたのカンノーリは。あんたは苦労性だからな、同年代か年上のしっとり物静かな癒し系かな。意外と口うるさいマンマみたいなのに尻に敷かれてたりして? それともプライベートでも頼られるのが好きかい? なら―」
「メローネ」
「ああ鬱陶しいってんなら悪かったよ。けどあんたを始め皆には幸せになってもらいたい。応援したいんだよオレは」
「気持ちだけは有難く受け取っておく」
「まあ聞きなよ。あんたのことだから店員にもほっといてくれって言ったんだろ? 赤の他人に根掘り葉掘り訊かれたくないってんだろうけどさ、まあそれもアリだと思うんだよねえ。雑談でもしながら彼女のイメージ伝えていい感じに見繕ってもらってさ。愛想良くしてれば上手くやれよってんでオマケの一輪や二輪つけてくれるってモンだよ」
「む……」
こんなに気持ちの良い晴天下で店の外には二人以外誰もいない。通りから人の会話や車のエンジン音が聞こえるなか、メローネの声がひときわ響いている。
「それじゃあこのくらいで退散するよ。あんたがどんな女と付き合ってるのか何の花を選ぶか気になるところだけど、選ぶの邪魔して待合わせの時間に遅れられても悪いからさ。いやそれはそれで笑えるけど」
リゾットだってイタリア男なんだから女に花束の一つや二つ贈るだろう。ただ花に囲まれている様子がどうにもシュールで仕方ない。
ああでも、花を見ていたリゾットの表情には何だか見覚えがある。
はて? さっきと同様、何かがミラノの濃霧よろしく記憶を覆い隠して思い出せない。

「チャオ〜」
メローネはあれからまたぷらぷら歩いた。道行くカワイイ娘に声を掛けたすえ引っ叩かれたり、バールに寄って顔見知りと話をしたり、特に何をするでもなくアジトに帰ってきた。
「……メローネェェェ……!」
アジトのキッチンにはナマエがいた。その普段からくるくる変わる表情は、今は悪魔のごとく真っ赤に変容しつつある。メローネはようやくモヤついていたのが何かを思い出した。
「何処ほっつき歩いてたのよバカッ! 駅前で待合わせするってあんたが出掛ける前に決めたでしょおォォ?」
「ああそうだった思い出した。一緒に買出しに行くからマトモな格好をしてくれとも言われてた」
「滅多に手伝わないうえに時間に遅れるのはいつものことだけど、今日はいくら待っても来ないし電話にも出ないし! 仕方なく一人で買い物したわ! 途中までメチャ重たい袋持って、腕が抜けるかと思ったわッ」
これはマズい。ナマエはベリッシモご立腹だ。下手に言い訳したりふざけてハズしたら、彼女は情け容赦なく攻撃してくる。普段こちらのスキンシップに対してビンタでお返しするようなテンプレートじゃない。眼がマジだ。
「ケイタイは電池切れちまっててさ。いやゴメン。スマナイ。うっかりしてた。オレが悪かったよ。まるっと忘れてた。本当に反省してる。だからその凶器とスタンドをしまってくれないか」
「……まあいいわ。でも次はないからね」
「エ」
「ふふ リーダーに感謝なさい。帰る途中で会って、荷物持って貰ったの」
「リゾット?―」
出窓に置かれた茶色の鉢が目に留まった。観葉植物なんて今朝まではなかった。
「これは? キミが?」
「さすが気付くの早いわね。リーダーが買ったんだって。陽の当たる所に置いたほうが良いかと思って」
「リゾット今居るのか?」
「だから一緒に帰ってきたってば。もう、早く手洗って手伝って」
オレはもしかしてとんだ思い違いをしてたのか?
「それにしてもリーダーと観葉植物なんて意外な組み合わせだと思わない?」
「ン……アレだ、リュック・ベッソンの映画の殺し屋みたいじゃないか?」
「そうそう私も今思った! なんだかカワイイよね」
思い出した! 花を選んでいるときのリゾットの優しい顔は。
「……成程なァ」
「なあに、ニヤニヤして」
ナマエに話すのはやめておこう。想像とは違ったがしばらくは退屈せずに済みそうだ。





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