dream

□望郷
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「日本に帰らせて頂きたいんです」
その時リゾットはリビングで雑誌を読んでいた。同じくその場にいたペッシはリゾットに渡すつもりのカップを差出していた。ホルマジオはくだらねーと言いながらテレビのチャンネルを変えまくっていた。イルーゾォは両手で代わる代わるナイフを弄んでいた。
「……今何と言った?」
「日本に帰りたい、そう申し上げたんです」
ナマエが望郷の念に駆られるのはこれが初めてではない。ある時はイタリアのルーズすぎる電車やバスのダイヤに苛立ち、ある時は役所の怠慢な対応に憤り、またある時は老若男女様々なスリに神経を尖らせた。その度に母国の名が挙がる。
だが今回は様子が違う。男どもは彼女の仲間であり良き理解者だ。その回りくどくも直接的な言葉に込められた真意と、故郷から遠い異国で人の命を糧に生きる彼女の心中をあれこれと想像した。
「まさか……冗談だろ?」
「オメー正気か? 無謀もいいとこだぜ」
「ペッシ、ホルマジオも黙っていろ」
リゾットは雑誌を閉じ、改めてナマエに向き直る。ホルマジオはいつもの口癖を吐きながらテレビの電源を切った。
「自分が何を言っているのか解ってるのか?」
「当然です。ずっと、ずっと言おうと思ってました」
ポツリポツリと、しかし妙な重みと凄味のある口調だった。ずっとという言葉にはどれ程の時間が集約されているのか。数か月、半年、それとももっと長い間? それを今迄おくびにも出さず日々の仕事をこなし続けていたのか。
リゾットはソファから腰を上げた。ナマエはわずかに怯んだがそれでも唇を引き結んで毅然と対峙する。
「はっきり言っておく。望むだけ無駄なことだ」
「いつもだったらそうでしょうけど今回は譲れませんから」
「ほう。ならばどうするつもりだ」
外の男三人は二人が言葉を交わすたび視線を目まぐるしくしている。
「決まってます。リーダーを倒して「おいおいおい怖いなあ〜。リゾットちょっと落ち着け。ナマエもどうした、そんな思い詰めてたのかよ?」
「そ そーだぜ、らしくないじゃないか。ついさっきまで普通に笑ってたろ」
ホルマジオは隣のソファをぺちぺち叩いた。リゾットは黙って腰を下ろしたがナマエは屹立し拳を握り締めたまま。
「……もう疲れたの」
「ああ。確かにしんどい仕事だよなあ」
「来る日も来る日も同じことの繰り返し、それが報われることなんてないのは分かってる」
「そーだな。夢も希望もねえ仕事だ。オメーは特に辛いだろうな」
「やめてホルマジオ。そんな思ってもいないこと」
「いやいやマジで良くやってると思うぜ。でもよ、やりきれねーなんてことははなから分かってたろ。その上で覚悟してやってんだろが」
「覚悟ぉ?」
「違うのかよ」
「ちょっと待て。何となく話が噛み合ってなくないか」
成り行きを見守っていたイルーゾォとペッシが怪訝な顔をしている。
「噛み合ってないって何だよ?……あ〜っとオメー、さっきのどういうつもりで言ったんだ?」
イルーゾォの指摘を受けてホルマジオは再びナマエに向き直った。ついさっきまで沈痛な様子だった彼女の目尻ははいつの間にか吊り上がっている。
 
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