dream

□その名を呼んではいけない
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「大丈夫かい? すんごい声が聞こえたけど、あんたあの娘に何したの?」
「何も。というか知らない男が侵入してきたら誰だってああなるだろう。当然の反応だよ」
「あんたは時どき涼しい顔して大胆なことするからねえ……」
今はおれの普段の言動は関係ないだろう。様子を見て欲しいと言ってきたのもそっちだ。
「で、大丈夫そうかい?」
「正直なんとも言えないな。病気ではないように見えたけど、向こうは必死だったから」
「そうかい。ねえ悪いんだけどさあ、時どきでいいからあの娘の様子を見に来てくれないかい? あたしもまめに声掛けるようにしてるんだけどさ。始めはそんな反応でも、もしかしたら若い者同士、あたしよりずっと話し易いかも知れないからさ」

「それで、今日はどんなご用事?」
一応ベルを鳴らしたものの、やはり応答がないので無断で部屋に入った。スティッキィ・フィンガーズを使って。
ナマエは3日前よりは随分冷静な様子でこっちを睨みつけている。しっかりと床に足をつけて、さっきまで飲んでいたらしいワインのボトルを構えて。逆さになった口からその残りがこぼれて服や床にシミを作る。
「個人的に調べたいことがある」
「私にはないわ。ついでだから教えてあげるけどお金になるようなものは何もないからね」
「管理人のばあさんとは相変わらずか? 君は最近ルカと話してたって聞いたんだが……知ってるだろルカのことは? ほら『涙目のルカ』だよ」
「知らない」
明らかに嘘をついている。仕方ない。
「こっ来ないで―!」
「悪いがちょっと失礼するぜ」
「―――!」
スタンドに拘束させる。口を塞ぐ。彼女は必死でもがいているがあまり意味がない。
いきなり身体の自由が利かなくなるのはさぞ恐怖だろう。しかもそれが目の前にいる男ではなく見えない何かにされたとなると尚更に。
「質問に正直に答えてくれれば何もしない。いいか?」
ナマエはゆっくり頷いた。
「ルカがそこいらの人間に麻薬を売っているそうだが知ってるかい?」
「知らないわ」
「そうか。ところで見たところ君は麻薬をやっているようには見えないな。腕もきれいだ。でもまだその段階じゃあないかも知れないし、もしかしたら腕じゃなくて今隠れてる内腿あたりにビッシリ注射針の跡があるのかもな」
「なんでこんなことを」
「質問してるのはおれだぜ。嘘も吐かないでくれ。おれには分かるから。それで、君は麻薬をやってるのか? もしそうなら誰から買ったんだ?」
「……売人の名前なんて私の知ったことじゃないわ。それに何? 麻薬をやろうがどうしようが私の勝手でしょう。今時珍しくもなんともないわ!」
生憎と彼女は麻薬をやっている。ルカのことは知っているらしいが係わりはない、と。
情報は充分とは言えないがまあこんなものだろう。おれがしているのは拷問でも尋問でもない。これ以上追い詰めておれの、というかばあさんの印象を悪くするわけにはいかない。
「怖い思いをさせたな。すまなかった」
「な 何がすまないよッ! ふざけんなッ」
「本来なら君が麻薬をやっていようがいまいがおれは興味ないし口出しするつもりもない。君の自由だ。ただ君を心配してる人がいるんだ。それが鬱陶しいっていうんなら相手にハッキリ言うべきだと思わないか? 何か辛いことがあったのは分かるが、このままじゃあのばあさんが気の毒だ」
「……アンタまさかそんなことを言いに来たわけ?」
「はじめからそう言ってたじゃないか」
「つまらないことを」
解放されたナマエはおれの眼を見て吐き捨てるように言った。

「この間ナマエチャンの方から声掛けてくれてねえ。今まで失礼な態度をとってごめんなさい、とても人と話す気分じゃなかったけど本当は気に掛けてくれて嬉しかったって言ってくれたの! あんたのお陰だわ。それで今度の土曜日にうちで一緒に食事することになったの。凄く楽しみだわ! あんたも一緒にどう? たまには前みたいに寄って頂戴よ」
老女はえらくご機嫌だ。喜色満面とはこんな顔のことを言うんだろう。
「有難いが遠慮しておくよ。彼女はおれと顔を合わせたくないだろうから」
「アラちょっと! また突拍子もないことしでかしたの!? あの娘は何も言ってなかったけど」
「別に。2、3質問しただけさ」
ナマエの言ったとおり麻薬をやるのがどうだとか無駄なはなしだ。若くても老いていても、貧しくても裕福でも、ほんの一時ストレスから開放される為に麻薬を摂取することはおれが思うよりずっと市民に浸透していることなんだろう。
ばあさんの頼みは叶えてやれたがナマエのストレスの原因をなんとかしなければ(多分ストレス解消のために摂取していると思う)、余程のことがない限り麻薬をやめることはできないだろう。それどころかあっという間に中毒になってしまう。それを売ったのが同じ組織の人間なら様子を見ることもある程度牽制することも出来るが、そうでないとなると少々厄介な話だ。


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