進撃ブック
□Thistle
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「―――――ソーマ!」
『!』
突然、大声で名前を呼ばれていつのまにか飛んでいた意識が戻ってきた。
顔を上げれば眉間に皺をよせているリヴァイ。どうやらずっと呼ばれていたにも関わらず気付かなかったらしい。
「冷めちまうぞ」
そう言ってマグカップを口につける。
視線をおろすとリヴァイの皿は空っぽで、僕の皿にはスープとパンが殆ど手のつけられていない状態で残っていた。
(食べたくないな…)
特別種の捕獲に成功した遠征の後、瞬く間に特別作戦の旨が兵団全体に伝わり、僕は瞬く間に非難の的となった。
――――巨人が喋ったって本当かよ
――――副兵長の名前呼んだんだって
――――えっ?どれってどういう意味?
――――決まってんだろ。副長は、
巨人の仲間ってことだよ。
ズダアアンッ!!!
『!』
リヴァイが立ちあがったかと思えば、ヒソヒソと話していた兵士のテーブルへ歩いていって壊れるのではないかと思うほど強い力でテーブルを蹴った。
実際、大きく凹んでしまったが。
リヴァイは、彼の迫力に怯えてブルブルと震える兵士たちを見てひどくドスのきいた声で言った。
「臭ぇと思ったらてめぇらか。こんな所でグチグチ喋ってねぇで1000回体洗ってクソして寝ろ」
「はっはいぃ!!!」
転げるようにして食堂を出ていった兵士たちを見送って機能を果たしていないテーブルに舌を打つ。
いつもより3倍増しで眉間に皺を寄せたリヴァイは冷え切ってしまった空間にさらに舌を打ち僕の手を引いて食堂を後にした。
兵長室に来るまで終始無言だったリヴァイがドアを閉めた瞬間、怒気を含んだ声で言った。
「何故なにも言わなかった?」
僕を睨みつける瞳はそれはもう強い眼光を放っていて思わず肩が震えた。
『別に気にしてないから…』
「嘘吐け」
ドン!とドアに拳を打ちつけて僕を追いこんだリヴァイは、自分が悪く言われたわけでもないのにひどく辛そうな顔をしていた。
『リヴァイ……なんでそんな顔してんの…?』
「……誰のせいだと思ってんだ」
『…………僕、っすか』
「あたりめぇだろ」
そう言って噛みつくようにキスをする。
それはいつもより深いものでリヴァイの舌が口内に侵入してきて僕の舌を絡みとった。
二人の唾液が混ざる音が静かな部屋に響くのが恥ずかしくて、それ以前に息ができなくて「やめて」と自分の顎を押さえているリヴァイの手を軽く叩いて合図する。
『っ―――――…っはあ!』
透明な糸をひいて漸く解放された口でありったけの酸素を取り込んだ。
その場に座り込んで肩で息をする僕を暫く無言で見下ろしていたリヴァイはおもむろにしゃがむと静かな声で諭すように言った。
「俺に嘘はつくな」
ひどく優しい声音で驚いて顔をあげると、案の定リヴァイは慈しむように目を細めて僕を見ていた。
それはキスをする時と同じ目。
藍色の瞳はまだ見ぬ海を想像させる。
そしてそのどこまでも透き通った綺麗な瞳は知らぬ間に僕の本音を取り出して行くのだ。
『………ちょっと、寂しいかな』
「ちょっと?」
『うん…ちょっと。巨人の仲間っていうのはなんとなく自分でも納得してたっていうか……ほら、僕にだけ寄って来る巨人なんて可笑しいでしょ?あ、でもやっぱり巨人になるのは嫌かなぁ』
重い気分を持ち上げようとした笑い声はカラカラに乾いていて、リヴァイの眉間の皺をさらに深くさせた。
今までこうならなかった方がおかしかったんだ。
僕と遠征にいった兵士は毎回のように特別種と遭遇する。特別種が片言で僕に縋るようにするのを見る度に兵士は驚愕し、僕に不審な眼差しを向けてきた。
それに気付かないようにしてきた僕はリヴァイと団長に守られてここまで何も問題を起こすことなくやってこれた。
しかしそれも今日でおしまいだ。あの正確な言葉を話す巨人を捕獲して兵団全体から僕に疑いの目が注がれる。
団長は、僕がこういう状況に陥ったのは自分のせいだと責めていたがそんなことは決してない。
今もハンジと一緒に特別種の研究をして僕と巨人の無関係を証明しようとしてくれていることに感謝しているくらいだ。
その証明は時間の無駄だということを言い出せずにありがとう、と言った僕はどれだけ卑怯なのだろうか。
……でも、そうやって意地汚いことをしても、僕は、
『人類の敵って言われなかったことに心底ほっとした』
あーもう。
この情けない奴。