進撃ブック

□Yellowlily
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 巨人が派手に倒れると地面が跳ねて蒸気がもくもくと上がった。

『これで何体目だっけ?』

「7だな」

 刃で空を斬って血を落とすリヴァイ。
 僕も同じようにして血を落としてから近寄るとリヴァイは眉間に皺をよせてポケットからハンカチを取り出した。
 女子力。

「汚ぇ」

『むごっ』

 清潔感あふれる真っ白なハンカチで顔面を乱暴に撫でまわされた。
 どうやら巨人の返り血がついていたらしい。
 
 
 顔が擦り切れてしまう寸前で漸く気が済んだらしいリヴァイは満足気な顔をして鼻で笑った。
 あ、僕の部屋の掃除が終わった後の顔だ。
 
 それはそうと。

『現れないね』

「ああ…」

荒れ果てた大地には骨が散乱し、それからは夥しいほどの蒸気がたちあがっている。
 そのどれもが例外なく通常種だ。

「こうも出てこねぇとなるとこっちの作戦に勘付いてるみてぇだな」

 後衛は僕たちだけで事足りると判断して前衛の応援にいった団長が考えた作戦の"特別種の捕獲"は遠征開始5時間になっても実行できずにいた。
 ちなみに特別種というのは僕にだけ向かって来る奇行種のことだ。

『まあ、僕としては現れないことを祈るばかりだけど』

「ビビって動けなくなるからな」

『び、びびってねーし!』

「そうやってムキになるとこが怪しいんだよ」

『………チッ』

「……おい、それ俺のマネか」

『ふーん』

 蹴りかかってきそうな様子のリヴァイから数歩後ずさって離れる。

(……………びびってんのかなぁ)

 この荒野とは正反対のような潤った空を見上げて自問した。
 
 最初、まだ隠し通路を使って外へ出ていた頃、初めて巨人に会った時の恐怖。
 当時のことは今でも鮮明に覚えている。心臓が皮膚を突き破って出てきそうなほどに激しく脈を打っていて体がブルブルと震えて死の覚悟をした。
 それがどうだろう。
 兵団に入り最初の遠征で特別種に遭遇すると途端に刀を持っている手が鉛のように重くなって振るえなくなったのだ。
 巨人が何かを訴えるような目を向ける度に、悲痛な言葉になってない声を上げる度に、この喰われて死ぬかもしれないという時、僕は足が地面に縫い付けられてしまったように動けなくなってしまう。
 実際、棒立ちしている所をその特別種に捕えられたことがあるが、すぐにリヴァイが殺してくれたので僕は助かった。
 でも、おかしいんだ。
 巨人が死んだのに、何故か僕は悲しい気持ちになるんだ。
 まるで僕の知らない僕がいるみたい。

「――――ソーマ、来たぞ」

『!』

 リヴァイに名前を呼ばれて、いつの間にか地鳴りが始まり800メートル先に巨人が迫っていることに気付いた。

「奴は…」

 目を細めてこちらに向かって来る巨人を観察するリヴァイ。
 僕も習って巨人を見据えた。
 巨人には珍しい引きしまった体、その体に見合った速度、10代後半から20代前半を思わせる若い男の顔、そして真っ直ぐに僕を見つめてくる双眸。間違いない。

『特別種だ』

 息を呑んだ。

「………離脱するか?」

『! し、しない!!』

 心配そうに僕を見つめてくるリヴァイから目をそらして先にいる巨人を睨みつける。
 
「……ヤバイと思ったら捕獲せずに殺すぞ」

 僕が頷いたのを確認するとリヴァイはガスを吹かして飛びあがった。
 僕も続いて空に舞う。

 巨人との距離はあっという間に詰められ、リヴァイのアンカーが巨人の腕に突き刺さる。しかし、巨人は気にも留めず、まだ宙を舞っている僕から目を離さない。

「ソーマ!右だ!」

『っ!』

 巨人の肩に飛び乗ったリヴァイの指示にほぼ本能的に従い、右に体を投げて左からくるでかい手を避けた。
 すると次は下から伸びてきた奴の左手を蹴ってリヴァイの隣に着地した。

「煙弾を打て」

 リヴァイは青の煙弾、僕は白の煙弾をそれぞれ打ち上げる。
 青と白の煙弾は特別種出現のサインだ。

「エルヴィン達のいる所まで近付けるんだ」

 そう言ってリヴァイは一度巨人の両目を潰すと肩から飛び降り、馬に乗った。
 僕は耳を劈くような痛々しい悲鳴を聞きながら自分の馬に乗ってリヴァイと一緒に前衛の方へと走る。

 ものの数分で回復した巨人は「待って」と言うかのように手を前に突き出しながら僕達を追ってきた。
 今回のは言葉を話す奴じゃないから上手くいきそうだ。
 任務遂行の予感に一人歓喜するのは、特別種が出る度にリヴァイや団長、兵団の皆に迷惑をかけてきたからだ。特にリヴァイには何度命を拾ってもらったか知れない。

『…………リヴァイ、ありがとね』

「あ?」

 走行中だから聞こえないと思って言った言葉はちゃんと伝えたい人の耳に届いていて。
 彼は暫く僕の目を見つめると鼻で笑って前を向いた。
 そして意味がわかったら風をきる音に負けないように叫ぶんだ。

「お前の心臓は俺のだ。俺以外の奴にお前を殺すことはできねぇ。だから」




お前が死ぬ時は俺がお前を殺した時だ




『…………なにそれ、すっごい幸せ』

「ソーマお前……頭湧いてんのか?」

『は、湧いてないよ』


 高揚した。
 自分が死ぬ時は、最愛の人の手で。
 なら、僕は心の底から幸せを味わいながら死んでいけるだろう。だって最後に見るのは視界一杯のリヴァイだろうから。

『残酷で、それでいて美しい』

 ぽつりと呟けば暫くの沈黙と、思い出したかのように同意の声。

 気がつけば目前に調査兵団が待機しており、その最前列には団長と興奮気味のハンジ。
 後ろを振り返れば相も変わらず特別種が追い縋るように両手を突き出して走っている。
 僕とリヴァイは馬を加速させて別れた隊列の間に滑り込むと隊の両端から巨大な大砲が現れ、その砲口は一心不乱に走っている巨人へと向けられる。

「放て!!」

 団長の凛とした声が荒涼とした大地に響き渡れば二台の大砲からニードルが発射された。
 ニードルは巨人の首と肩を貫き、さらに地面へと突き刺さった。
 二度目の号令。
 団長の指示によって再び飛ばされたニードルは今度は腹部に。次は足、腕、胸、手のひらなど確実に巨人の動きを止めていく。
 最終的に体のありとあらゆるところに棘を浴びせられた巨人はわずかに痙攣するだけとなった。

「回収作業に移る。当初の計画通り回収班と周囲警戒班にわかれてくれ」

 何故この一体だけを捕獲するのかと特別作戦を知らない兵士たちは府に落ちない顔をしつつも二手に分かれてそれぞれ役をこなしていく。
 回収班の僕とリヴァイは何食わぬ顔でニードルに縄をひっかけ、それをさらに馬に繋げていった。
 
 繋げる縄もあと一つとなり、漸く巨人を回収できるという時にハンジが怪訝な顔をしてこちらに寄ってきた。
 巨人(しかも奇行種)を目の前にしてテンションが上がらないなんて珍しい。

「ねぇソーマ」

『なに?』

「あの、さ…」

『?』

 言いにくそうに視線を合わせたり、はずしたり。
 黙ってその奇行を眺めていれば先にキレたリヴァイがハンジの脛を蹴った。

「いってえ!!!」

「早く言え」

『まあ落ちついてよリヴァイ』

 リヴァイを宥めてから脛を押さえて悶絶しているハンジに向き直る。

『で、ハンジは何うじうじしてんの?トイレ?』

「最近ソーマの優しさが欠落してきた気がするんだよね〜…」

『え?なんだって?』

「なんでもないですよ〜!」

 口を尖らせてぶーぶー言うハンジ。あ、なんかムカついてきた。

「いや、だからさ、なんかこの巨人……さっきからソーマばっか見てない?」

『え…』

 難しい顔のハンジの視線を追って、

『―――…っ!』

 目が合った。

 そして次の瞬間、この場にいた全員が戦慄する。












[ソーマ、二度と離さない]












 片言ではない、確かな言葉。
 捕まっているのは巨人の方なのに、捕えられた感覚に絶望する自分と、どこかで失ったものを見つけた時のように喜んでいる自分がいた。



 

 

 
 

 


 

 

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