黒バスブック
□●○先輩と私○●
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『……………賑やかですね』
「ゲーセンっスからね」
ゲームの音や人ごみの発する声、そしてカラフルなライトが点滅しているゲームセンターはこれでもかというほど賑わっていた。
『というかむらさき先輩、そろそろ降ろしてください』
「んー」
学校からここまで紫原の肩に乗っていた環奈は限界だった。
2m超えの男に肩車され、街中を練り歩き、何度も降りようとするがその度にジャンプされて吐き気を催す。
一体何が紫原を環奈を肩車することに執着させているのか謎だった。
だが、今はもう地に足がつく。
そんな変な喜びにジ〜ンときていると、次は背後から重い何かが覆いかぶさってきた。
「あーダリィ。おい環奈、おぶれ」
言わずと知れた青峰だ。
青峰は自分より38cmも小さな環奈にのしかかり、終いには胸を揉み始めた。
『死ね』
「ぶっ!!」
当然、鉄拳が飛んできて吹き飛ばされる。
だが青峰は負けない。
「んだよ相変わらずケチーな。それだからおっぱいデカくなんねーんだよ」
『はっ?そんなのカンケーねーでろ!!つか汗臭いんだよ!!これでもくらえ!!!』
「うぉおっ!?つめたっ!!オイッ!やめろ!!つめてーだろ!!」
顔を真っ赤にして涙目になりながら制汗スプレーを青峰めがけて発射する環奈。
2人はそのまま追いかけ、追いかけられながらゲームセンターへと入って行った。
「あーあ、また始まったっスね」
「全く奴らは何がしたいのだよ…」
「というか『ねーでろ』って何ですかね」
「あ、それオレも思った!」
「環奈ちん、おっぱい小さいこと気にしてるんだよ。この前、環奈ちんが着替えてるとこ見ちゃって『ほんとだーおっぱいちっちゃーい』って言っちゃったんだけど、今みたいに顔真っ赤にして涙目になってた」
「へぇ〜そうなんスか〜。それで青峰っちにおっぱいのこと言われてどもっちゃったんスね〜」
「おっ……胸のことなんて気にすることはないです。人それぞれですから」
「なぜ俺に言うのだよ黒子。………というか紫原、お前」
なにちゃっかり見てんの。
「環奈っち、何か見つけた?」
『……きー先輩』
環奈がユーホーキャッチャーのコーナーをうろうろとしていると黄瀬がヒョコッと顔を出した。
環奈はわずかに顔をしかめる。
「ちょ、なんでそんな嫌そうなんスか」
『きー先輩はもう見あきました。キャプテンが欲しいです』
「そう言われても…」
雨が降る中ダンボールにつめられ捨てられた子犬のようにしょんぼりとする黄瀬。
環奈はそれを横目で見て、少し言いすぎたかと反省する。
そもそも息抜きのためにゲーセンに行こうと提案してくれたのは彼であったか。
『……嘘ですよ。きー先輩には感謝してます』
「環奈っち…!!」
いつもツンツンしている環奈からは珍しい一言を貰った黄瀬は涙で潤んだ瞳を輝かせた。
『感謝するのでアレとってください』
「え…」
そんなトゥインクルも束の間。
小さな指がさすのはマシーンの中で無造作に置かれているネコのぬいぐるみ。
環奈は吸い寄せられるようにマシーンに近づき、ガラスにへばりついた。
黄瀬も環奈の後に続き、近くで環奈御所望のネコのぬいぐるみを見る。
そして顔を引きつらせた。
「こ、これは…」
普通に可愛いぬいぐるみ。
チークもついており、どことなく環奈に似ている気もする。
それだけならいい。
それだけならいいのだが…
「デカイ!!」
環奈の身長とほぼ変わらないのではないかというほどの大きさ。
言うまでもなく、取り出し口には入るわけがない。
「ここの店員ってバカなんスか?こんなのとれないってわかるでしょーよ。誰もとらねーよこんなバカデケェの。誰得っスかマジで。…………あぁ」
『ほわ〜〜〜〜かわえ〜〜〜〜』
コイツ得だわ。
『きー先輩!この子近くで見たらすっごく可愛いですよ!』
「あーうん、そっスね」
『この子欲しいです!』
「いや環奈っち、これどう考えてもとれないっスよ」
『きー先輩あなた……試合する前に諦めるってどういうつもりですか!?』
「え?」
『試合やらなきゃ、勝てる相手も勝てないって知ってるでしょう!?なのになんで逃げるんですか!!』
「いや、ちょっ………えぇえ!?」
環奈は真剣だった。
だが、黄瀬は真剣になれなかった。
どうやってもこの状況と試合を重ね合わせることができなかったからだ。
『っ……きー先輩には失望しました。私が何とかします』
「ちょっ環奈っち…!?」
スクバを床に落としてかっ開き、中を漁ってガマ口財布を取り出すと、100円玉を取り出して躊躇いもなくマシーンにぶち込んだ。
「無理っスよ!金のムダっス!!我に返って!!」
『ええい!うるさいっ!貴様は下がっておれ!!』
「ひゃあっ……環奈っちぃ…!!」
果たして何の茶番か。
血眼になってボタンを押す環奈に黄瀬が縋っては突き飛ばされる。
それを繰り返しているうちにも100円は次々とマシーンに吸い込まれていく。
「もうやめてっ!!環奈っち!!!」
『くっ……放せっ!私は…私は!!負けるわけにはっ…いかないんだぁあーーーー!!!』
「環奈っちーーーーーー!!!」
それは1000円札の両替。
そして再びマシーンに100円をつぎ込む。
周囲の人は白い目で2人を見ていた。
2人を指さす子供を母親が慌てて抱え上げ帰って行く。
それでも環奈はやめなかった。
黄瀬も環奈を止めるのに必死。
『これでもくらえ!!メビウス・リング(メビウスの輪)ッッ!!!』
「そんな…!!あの環奈っちの大技を回避するなんてゴフッ」
『!? キセーヌ!どうしたンバッ』
「貴様ら何をやっているのだよ」
おっと、ここでようやく緑ママの登場だ!
緑ママの背後にはその息子たちの姿もある。
「ねー"メビウス・リング"って何?」
「メビウスの輪、ですね」
「そのままだな」
「そのままなのだよ」
『うっく………うっうるさいですぞ!!じゃあ何ですか!先輩たちはあの子がとれるっていうんですか!?』
「話題変えたな」
「話題変えましたね」
「ねー」
「話題変えたのだよ」
感情の抜け落ちた瞳で環奈を見下ろす先輩たち。
環奈は暫く彼らを睨みつけると(と言っても身長的に上目遣い)盛大に舌打ちをしてマシーンに向き直った。
『チッ!!いいですよいいですよーだ!!先輩たちは指を咥えて見てればいいんです!この私がこの子をフォーリンラブさせるところをねっ!!』
「フォーリンラブって・・・」
「ぬいぐるみ相手に何言ってんだコイツ」
「今の環奈さんには何を言っても仕方ないでしょう」
先輩が見守る(?)中、環奈は100円玉をチャリンと落とす。
そしてボタンを押しアームをぬいぐるみの腹辺りまで動かすと「そおおおい!!!」と奇声をあげながら次のボタンを一瞬叩いた。
マシーンが壊れないか心配なところだ。
環奈によって動かされたアームは順調に下がっていき、ぬいぐるみの両脇を掴んだ。
「あ、コレいけるんじゃない?」
まいう棒をサクリと食べて目を見張った紫原。
しかし、今までずっと環奈と茶番をしてきた黄瀬は「いや・・・」と眉間に皺を寄せた。
――――ウィーー・・・ン
――――・・・・・ボトッ
『ああっ!!』
「クソッ!」
「おしいです・・・!」
「いっつもあそこで落ちるんスよねー!なんで!?」
「もっと奥だったんじゃない?」
「・・・・・・・・・・・・・」
いつの間にか環奈の周りには黄瀬を始め青峰、黒子、紫原が集まっていた。
唇を噛み締め操作をする環奈を応援したり、アドバイスをだしたり、落ち込む環奈を励ましたり・・・・
彼等の額には汗が浮かび、その表情は輝いている。
それどころか彼等自身が輝いて見えた。
今、彼等は一丸となって勝負をしている―――
「お前らバスケしろよ」