進撃ブック
□safflower
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『はい、あーん』
「あー」
パクリ。
『美味しい?』
「(コクリ)」
『えへ』
「……………………」
ハンジは混乱している。
毎度コーヒーや軽い食事を与えてくれるソーマにたかりに行くと、つい昨日まで不仲だった(一方的にソーマが避けていただけだが)2人が仲睦まじくしているではないか。椅子に座ったリヴァイの膝の上にソーマが横になって座り、何やら甘い香りのするものを食べさせているというプレイつきで。
「昨日に一体何があったの?」
ずれた眼鏡を直すことなく発した声は変に裏返った。
すると2人の周囲に浮遊していたショッキングピンクのハートたちは弾けて消え失せ、目を見開いたソーマが勢いよく私を振り返った。
『ハッ、ハンジ!?いつからいたの!?』
気付いてなかったんかい。
「ソーマが鼻歌うたいながら美味しそうなもの作ってる時から」
『つまり最初からか!』
うわー恥ずかしい、と両手で顔を覆って俯くが耳まで真っ赤になっているのでその行動は意味をなしていない。
じゃあやるなよと言いたいのは山々だが、まあいつもの調子に戻ったみたいだから大目に見るとしよう。
『ごめんリヴァイ!僕ちょっと部屋に戻る!』
私に見られたのが余程恥ずかしかったのか、リヴァイの膝から降りて離脱しようとするソーマ。
しかしそれを許すリヴァイでもなく。
「おい」
『うわ…っ!?』
おおーーっと!!?目にもとまらぬ速さでリヴァイがソーマを机に押し倒したぞーッ!!
「誰が離れていいと言った?」
こ、これは主従プレイかーッ?!
『や、やめてよ!ハンジが見てるんだからさ!』
「そんなの今更だろ」
『もしかしてリヴァイ、気付いて…?』
「さあ、どうだろうな?」
『!!』
なんと!あの羞恥プレイは公開処刑だったらしいよ!さっすがリヴァイ!やる〜〜!
アッハッハッ!!ソーマの顔が熟れたリンゴみたいに真っ赤だ!涙も浮かべちゃって……今日は朝から珍しいものが見れたぞお!!
『っ〜〜〜ていうかハンジ!!全部聞こえてるからな!?』
「え、マジ?声出てた?」
私を殴りにかかろうとしたけど案の定リヴァイが引きとめて強引にチューしてた。
顔真っ赤にして嫌がるソーマは満更でもなさそうだったけどね。
あれから3日後。
ソーマは進化してた。
それは昼過ぎの兵士たちが丁度、食後のお喋りを楽しんでいる食堂で起こった。
『リヴァイ!新作できたから食べてみて!』
嬉々として食堂にやってきた突然の我らが副兵士長に兵士たちがどよめく。
ソーマはそれを気にする風もなく私達が座っている席までパタパタと走ってくるとリヴァイの前に皿に乗った甘い香りのする可愛らしいものを置いた。
似たような匂いがするものを以前もリヴァイに食べさせているのを見たことがある。
ソーマは幸せそうに笑いながら「あーん」とスプーンですくったそれをリヴァイの口元に持っていく。
ここでさらに食堂がどよめいた。
「え!?副長!!?」
「あの2人まさか…!」
「美味しい!!」
驚愕で目を瞠る者や悟って顔を赤らめる者、最後のに至ってはあまり追及しないでおこう。
そしてやはりリヴァイは、眉間に皺をよせて周囲の視線を気にすることもなくさも当然のように差し出された淡いピンク色のハートが乗っているそれを口に含んだ。
フーッ!とどこかで興奮した声が上がったのは気のせいか。
「………悪くない」
『やった〜!』
老若男女問わず、誰もが和む無邪気な笑顔に全体の空気が穏やかになる。
しかし、私を含め数人は見た。
『コーヒーもあるよ』
「ああ、貰おう」
それは瞬きをする時間よりも短い間だったのかもしれない。だが、見間違いではなかったと思う。
一瞬、本当に一瞬だけ、あの深く刻まれた眉間の皺がなくなったのだ。
「ハンジは見た」
『は?』
「ねぇソーマ、奇跡を生み出したその食べ物って一体何なの?ラボに持っていってもいい?」
兎にも角にもリヴァイがリヴァイでなくなった瞬間を作りだした奇跡的な食べ物を研究しないわけにはいかない。
『普通のケーキだよ。まあ愛は詰まってるけど』
「あ、そうなんだヘー!!!」
何が「愛は詰まってるけど」だチクショウが!!しかも自分で言って赤面してんじゃねーよ!!こっちが恥ずかしいわ!!!
「なに興奮してんだ。眼鏡くもってるぞ」
「じゃあそのスカーフ貸して!」
「あ?やだよ。汚ねぇ」
「リヴァイはもっとオブラートに包むことを覚えた方がいいんじゃないかな!」
『違うよハンジ。リヴァイは素直なんだ。素直すぎてたまに困っちゃうけど』
「君のノロケはもういいよ」
リヴァイも大概だがソーマもリヴァイにゾッコンらしい。
場所を考えずにノロケるようになってしまったこの3日間に何があったのか…
なんだか頭痛がしてきて気休めにゴーグルを外すと、丁度リヴァイが皿を空にした。
「……そういえばソーマ、けーきって何?」
『え?』
「え?」
まるで知っているのが当たり前のような反応。
ケーキというのは、牛乳や卵やその他いろいろ使って作るお菓子らしいが、そんなものを作ろうとすればいくらお金があっても足りない。
そもそも材料がない。
そんな現状なのに豪華なケーキとやらを作れてしまうソーマは一体何者なのか。
兵団に入る前、誕生日やめでたいことがある度に作っていたらしいが詳しいことは確認できなかった。
それよりも、香りが良いとは言え見たこともないものを口にしてしまうリヴァイは流石人類最強と言ったところか。
………いや、これも愛の力だからなのだろうか。
「なんだアイツ。珍しく真剣な顔していたな」
『ハンジもケーキ食べたかったのかな?』
「あいつにやる必要はない」
『そう?』
「奴に食べさせたら瞬く間に評判になって俺が食べられなくなる」
『ハハ 心配しなくてもリヴァイには毎日作ってあげるよ』
就寝前にどうしてもケーキが食べたくなり兵長室に入り浸っているソーマにたかりにいくと、笑顔でコーヒーを渡された。
作業しろだってさ。