進撃ブック

□bougainvillea
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『疲れた〜!』

 ベットに飛び込むとすぐに眠気が襲ってきて目を閉じた。
 抜いた草をごみ捨て場に持っていった後、汗をかいたので共用の浴場に行ってお風呂を済ませてきた。
 汗を流したことで気分的にスッキリはしたが、やはり肉体的にはまだ疲れが残っているらしい。
 こんなんじゃこの先やっていけないな…―――













――――キィ
















 どこか意識の遠くで微かに軋む音がした。
 それはドアが開く時の音で、誰かがこの部屋に入ってきたことを知る。
 誰だろう、と思いつつも目は開けない。
 とにかく今はくたびれた心身を深い眠りに誘い、ゆっくりとしたかった。
 しかし、そんな意識も沈むベットの感覚で現実に連れ戻される。
 
「ソーマ」

 静かな声だった。
 一瞬前まで意識を手放そうとしていた僕を気遣うようにそっと降りてくる声。
 それがペトラだったら、オルオだったら、団長だったら、構わずに寝ていただろう。
 けれど、その声の主はペトラでもなければオルオでもなく、団長でも、他の同僚でもなかった。
 僕は重い瞼を押し上げた。

「……起こしたか?」

 目をかっ開いて見つめる僕の髪を優しく撫でつけるリヴァイ。
 窓から差し込む月光に照らされた肌は陶器のように白く滑らかで、薄い唇はわずかに弧を描いていた。

 ――――綺麗

 そう思うのは必然だろう。
 現に僕は視界いっぱいに広がるリヴァイから目が離せないでいる。

 ああ、綺麗だ。

 目が合う度にそう思える。そんな気がしてならなかった。
 深い藍色の瞳は月明かりのせいで雲一つない空色になっている。
 手を伸ばせば吸い込まれそうで、恐ろしい。
 恐ろしいまでに、綺麗だった。
 
「ソーマ」

 もう一度、確かめるように名前が呼ばれると僕の視界は完全にリヴァイに支配された。

『ぁ―――』

 近い、と気付いたその時にはもう何もかもが遅くて、唇に柔らかい感触がした。
 それがキスだと理解するのに時間はかからず、理解しても不思議と嫌悪感はなかった。
 ただ唇から温もりがじわじわと全身へと伝わっていくのが心地よくて仕方がない。

 名残惜しそうに唇が離れて、ぼやけていたリヴァイの顔がはっきりと見えるようになる。
 僕を見下ろすリヴァイは相変わらず眉間に皺を寄せていた。

「お前の心臓、俺によこせ」

『へっ……?』

 スパン!と側頭部に平手打ちをくらった気分だった。
 あまりにも唐突なリヴァイの言葉に脳がついていっていない。

『えっと……リヴァイさん?どういう意味か詳しくお願いします』
 
「壁の中で家畜宜しく暮らす人類なんぞに捧げるのはやめろ」

『え、えーと…』

 間髪入れずに即答するリヴァイ。
 寝落ち寸前だったためか、どうも頭が回転せずに返す言葉が見つからない。

『あの……えー…?』

「…………」

 暫く大人しく僕の返答を待ってくれていたリヴァイだが、長音ばかり発する僕にいい加減嫌気がさしたのか、眉間の皺は何重にもなって終いにはチッ!と大きく舌を打った。
 そして次の瞬間、また視界がぼやけた。

『っ…!!』

 最初の甘いキスは何処へやら。
次にされたキスは噛みつくようなもので口内に血の味が広がっていく。文字通り僕は舌に噛みつかれたらしい。

『いひゃい!!』

 舌を引っ込めてそう告げると意外にもすぐに解放された。

「噛んだんだから当たり前だろうが」

『っ…』

 赤くなった唇はどちらのものかわからない唾液で濡れていて、それを見た瞬間に言い知れない恥ずかしさが襲ってきた。
 そしてさらに追い打ちをかけるように再びリヴァイの顔が近づく。
 避けようとしたが、頭の両側に手をつかれて完全に逃げ場を失った。

「返事、聞かせろ」

『へ、返事と言われましても…』

「……質問を変える」

 軽く舌を打った後に浮かべる笑みにゾッとする。

「さっきの、気持ち良かったか?」

『へっ!?』

 それはキスのことを言っているのだろうか。
 だとしたら最初のは気持ちいい…というか心地よかったが、2回目のアレはいただけない。痛いし。
 その旨を伝えると、リヴァイは驚いたように目を丸くして小さく吹きだした。

「馬鹿正直に答えるんじゃねぇ」

『聞いてきたのはリヴァイじゃん』

「拗ねんな」

 そっぽを向きつつ、僕の心臓は早鐘を打っていた。
 だって、初めて見たんだ。
 リヴァイが笑ってるの。
 たまに微笑っぽいのは見るけど、声をあげて笑っているのは本当に初めてだ。
 それはもう大変な違和感が発動していて、それと同時に愛しいなぁってそう思った。

『あれ?』

 愛しいなぁ?

「?」

 ふと、これまた別の違和感。

愛しい――

その言葉は何処からかストンと僕の中に落ちてきた。
僕の知っていた愛とは、今は亡きヨグザがくれたものだった。
しかし今、僕の中にあるこの愛とヨグザの愛は全くの別物なのだ。


『愛したい』


目の前にいるこの人を。

「………質問した形で答えろ」

僕を見つめるその瞳はやっぱり綺麗で、思わずため息が漏れてしまう。

『僕は…壁の中で心底幸せそうに生きている人類じゃなくて、外の世界でどこまでも自由に飛び続けるリヴァイに心臓を捧げよう』

もらった愛があるから、愛したいと思った。
愛を知り、愛を与え、愛を教わり、愛を伝える。
今、"永久の愛"の本当の意味がわかった。
それは一生分の愛ではなくて、その人が死して尚、受け継がれていく愛なのだ。

「上出来だ」

満足そうに笑んだリヴァイの顔がぼやけ、3度目のキスがやってきた。
それは最初の何百倍も心地が良い。

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