進撃ブック
□pansy
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『頑張るとは言ったけど…』
団長室のドアを閉め、自然とため息が出た。
ため息の原因は言わずもがな遠征の特別作戦のことである。
その作戦の内容はこうだ。
リヴァイ達には通常種を駆逐してもらい、僕と団長は奇行種を相手にする。しかもその奇行種は"僕だけに向かってきたもの"だけらしい。
つまり、僕は囮だ。
団長はこの遠征で僕の価値を見定めると言っていた。というのも、僕が遠征に出るとたまに奇行種の中でも特に奇行をとる巨人が現れるのだ。その巨人は決まって僕を狙ってくる。その度に僕は何故か攻撃することができなくなり、結局はリヴァイが倒してくれるのだ。
団長は僕が人類の光になるかもしれない、と嬉しそうに笑っていたが自分自身は何とも言えず、複雑な気持ちだった。
リヴァイに迷惑かけてばっかだし。
『どうにかしなきゃいけないんだけど…』
解決策が見つかるわけでもなく。
肩を落として自室に足を向けたその時、背後で僕を呼ぶ声がした。
振り返ると、ペトラが。
『ペトラ、どうしたの?団長に用事?』
「ううん、ソーマの姿が見えたから」
『そっか』
ほぼ同じ身長のペトラは真っ直ぐに僕を見つめてくる。どうしたのかと思っていると、小さく笑って僕に腕にしがみついた。
「ソーマのコーヒー、美味しいって有名なのよね。私にも淹れてくれない?」
脈絡のない話に戸惑いつつ頷くと、優しく笑むペトラ。
……ああ、僕のことを気にしてくれてるのか。
そう思うと何処ともなくジワリと温かくなった。
「美味しい……ほんとに」
『それは良かった』
食堂の隅に陣取ってコーヒーを真剣な表情で飲むペトラはなんだか可笑しかった。
「冗談じゃなくて本当に美味しいよ。こんな世界でこんなに美味しいコーヒーが飲めるなんて思いもしなかった」
お世辞だと思って笑っていたと思ったのか、ペトラは熱心にコーヒーのどこが美味しいのかを具体的に説明してくれた。
よくもまあコーヒーひとつにこれだけ熱くなれるものだ。でもまあ、褒められて悪い気はしない。
暫く笑いながら話を聞いていると、ペトラはすっかり飲み干してしまったマグカップを置いて視線が直線で合わさる。
「何か辛いことでもあった?」
『え…?』
「元気がなさそうだったから」
ついさっきまで無邪気な子供のような表情をして話していたのに、今
ではすっかり大人の顔をしている。
目を細めて微笑むペトラはやけに神々しかった。
「もしかしてソーマだけ特別な作戦を任じられたとか?」
『うーん…』
勘の鋭いペトラの言うとおりだが、機密事項なので僕の口からは話せない。
「ごめん、困らせちゃったね」
『いや、こっちこそごめん。心配かけちゃって…――っ!』
額に軽い衝撃。
ピリピリと痛むのを撫でながら目を上げると、少し怒ったようなペトラが。
「心配かけていいの。強がらないで。ソーマは黙って全部自分だけでなんとかしようとするから、いつか破裂しちゃいそう」
『破裂するのは勘弁してほしいかなぁ』
「だから、もっと私達を頼っていいんだよ」
『でも迷惑になるし』
バチッ!
次はさっきのより強いデコピンがお見舞いされた。
結構痛い。
「私達が頼ってほしいの!それくらいわかってよ!」
顔を赤くして激しく机を叩くと、空のマグカップが振動した。
僕は吃驚してぎこちなく首を縦に振る。
それを見たペトラは満足そうに笑った。
「ソーマが頼ってくれると凄く嬉しいよ。私もエルヴィン団長もオルオ達も……それと、兵長もね」
『!』
じゃあね、と妖しい笑みを残して去っていくペトラだった。
「ソーマじゃねぇか」
食堂を後にして自室に戻るところ、掃除中らしいオルオに出くわした。
『お掃除頑張ってね、じゃ』
「おいおいおいおいおい待て」
嫌な予感がしてすぐさまUターンを試みたがオルオの方が一歩上手ですぐに首根っこを掴まれて引きとめられた。
『チッ!』
「あからさまに嫌そうにするんじゃねぇよ」
『じゃあ何?大人しくしてれば部屋に帰してくれるわけ?』
「どっちにしろ掃除を手伝わせる」
『だから嫌なんだ』
大袈裟にため息をついてやるとオルオは僕を引きずって歩きだした。
暫く引きずられてやって来たのは、草が生え放題のび放題の庭。
そこに僕を放り出し、腰に手をあて低い声で命令した。
「刈れ」
『うっす』
後輩をこき使って愉悦に浸っている時のオルオの表情は殴りとばしたいほどにムカつくが、ついさっきペトラに優しくしてもらったのでこれくらいはしないと罰が当たりそうだから仕様がない。
静かな庭にズボズボと草を土といっしょに抜く音だけが響いている。
土を落とせと注意されつつ抜いた草で一山ができる頃、「そういえば」と思い出した風にオルオが言った。
「お前、兵長と付き合ってるんだって?」
『ブホッ!!?』
僕は勢いよく頭から草の山に突っ込んだ。
「何してんだよ。頭大丈夫か?」
『お陰さまでね!!』
ベンチに座って冷ややかな目で僕を見下ろすオルオに近場の草をもぎ取ってこびりついた土を投げつけてやった。
「うおおっ!?汚ぇーな!何すん゛っ」
馬上でもないのに舌を噛む安定のオルオ。
地面に転がって悶絶するオルオに少し罪悪感を覚えた僕はタオルを手渡した。
「――…実際のところどうなんだよ」
『間抜けな格好でリヴァイの口調マネしないでよ』
「話の腰折るんじゃねぇよ………おーいて」
『………』
あくまで口調を直す気はないらしい。そしてチラチラと僕を見る目が「怪我させたんだから代償として教えろよ」と言っている。オルオが舌を噛んだのは完全に自分が必要以上に舌を突きだしているせいだと思うけど。
とにもかくにも、誤解はとかなくてはならない。
僕は草抜きを再開させた。
『…付き合ってないよ』
「そうか…やっぱり付き合って………ええっヌ゛ッ!!」
また舌を噛むオルオは逆に器用だと思う。
「………お前、あれで付き合ってないとかよく言えるな」
赤く滲んだ舌をタオルで押さえつつ呆れたようにため息をつく。
『似たようなことをハンジにも言われた』
「そりゃだって、そう見えるだろうよ。というか皆は二人が付き合ってるものだと思ってるぞ」
『なんだって!?』
「少なくともお前が副長になってから2人が離れてる所を見たことがない。……まあ、最近は違うみたいだが」
何かあったか、と聞いてくるオルオに僕は視線を彷徨わせて草抜きに没頭するふりをした。
何もないから、何も言えない。
しいて言うなら一方的にリヴァイを避けている形になってしまった僕に責任があった。
「……何を考えてるのか知らねぇが、もっと素直になった方がいいぞ」
ワカメみたいにうねった髪をかき上げているが、なんでだろう全然かっこよくない。
『素直になるって言われてもね…』
リヴァイを避けている理由が自分自身にもわからないのだから難しいことだ。
オルオはチッ!と舌打ちするとビクリと震えた。傷が痛んだらしい。
「ま、まあ、つぎ兵長に会ったらその気持ちが何なのか分かるだろ……じゃあな」
『えっ、オルオどこ行くの?』
「医務室に決まってるだろ」
最後に振り返ったオルオの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
僕はというと、胸やけに似た症状に頭を悩ませながら山積みの草をかき集めてごみ捨て場に移動するのであった。
「おい、ソーマを見かけなかったか?」
「副兵長ですか?見てませんが…」
「そうか、邪魔して悪かったな」
寝室、食堂、庭とソーマを探して来てみたが全く見つからない。
いつもなら隣を見ると首を傾げて笑ってくるのに。
(あのクソガキ!)
本当に会いたい時に会えないこの状況に俺は周囲の物という物をブチ壊したい衝動にかられていた。
そんなことをしてソーマが出てくるのならいくらでも暴れてやるが、今のあいつは自分から俺の前に現れたりはしないだろう。
だから、捕まえるしかないのだ。
そして吐かせる。俺のことをどう思っているのか。
「覚悟してろよ」
通りすがる兵士が俺の顔を見て震えていたなんて、知りもしない。