進撃ブック

□Penstemon
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 空は晴天。絶好の散策日和だ。
 だからといって壁の外へ出ようなんてことはしないけれど。

「今回の作戦は少し複雑だがしっかりと頭にいれておいてくれ」

 遠征を一週間後に控えた今はとても忙しいのだ。体中の節々が悲鳴を上げるほどに。
 隊列を暗記しなければならないし、副長ということもあって兵長の指揮の補佐や書類整理、工場から送られてくる新しい装置の検討やらととにかく忙しい。しかも僕は副長といえど新兵なので先輩たちに色々とパシられたりもするから余計にだ。
 と、理由はたくさんあるけれど今一番僕の肉体ならともかく、精神までも蝕んでいるのはまた別のことだったりする。

 全員が作戦の資料に目を通したのを確認すると団長は「解散」と凛とした声を上げ、分隊長たちが部屋を後にする。
 最後に部屋に残ったのは僕とリヴァイ。
 皆が部屋から出ていく間も資料から目を離さなかったリヴァイは眉間に皺を寄せた。
 あの皺ってもう跡になって消えないんじゃないかと最近とても気になっている。

「…エルヴィン、この隊列には納得がいかない」

 普段は団長だけには従順なはずのリヴァイが腰に手をあて不満げに唸る姿はとても珍しかった。

「なぜソーマが後衛に配置されてるんだ」

 リヴァイの物言いに思わず強く頷く。
 兵長であるリヴァイは前衛に回るのに、その補佐をするはずの副長を後衛に回す意味がわかなかった。後衛には団長がいるから尚更だ。

「ああ、それには理由がある。今回の遠征では巨人の駆逐と他に特別な作戦を組んでいてね」

「特別な作戦だと?」

 怪訝そうに眉をひそめるリヴァイ。
 ふと、視線が合う。
 その瞬間、心臓が吃驚したように跳ねて思わず顔ごと目をそらしてしまった。

「ソーマ…?」

「……それで、その特別な作戦についてだがこれはソーマにだけ伝えたい」

『えっ、僕だけ…!?』

 神妙な顔つきで頷く団長にただただ驚く。
 兵長を差し置いて僕だけに教えられる作戦って一体何なんだろう。
 そう思っていると一層不機嫌な声が上がった。

「特別作戦班の長は俺だ。その内容は俺が聞く」

 リヴァイの言うことは尤もだ。しかし団長は首を横に振るだけ。

「リヴァイは全体の指揮をとり作戦通り巨人を駆逐する任を与える。よってこちらの作戦を知る必要はない」

「なんで、」

 尚も食下がろうとしたリヴァイだが、団長の頑として意見を変えようとしない強い眼差しを見て軽く舌を打つと僕を振り返った。
 久しぶりに見た不機嫌MAXの表情に肩をすくめる。

「おいソーマ」

『な、何?』

「…………ッチ」

 何故か自分を見つめてくる藍色の瞳を見ることができなくて顔を背けているとリヴァイの匂いが鼻をくすぐってドアが乱暴に閉められた。


「……すまない。困らせてしまったかな?」

『いや、全然…』

 と言いつつも乾いた笑いしか出てこない。
 リヴァイが出ていった後には重苦しい空気が流れていた。
 そんな空気を変えるように団長がやけに明るい調子で喋り始める。

「ここへ来て1カ月ほど経つが、生活には慣れたかな?」

 自分の仕事だけでなく、兵士の心のケアもかかさない団長の微笑みはとても柔らかい。
 自然とどんよりとしていた空気は晴れていき、外と同じような穏やかなものとなった。

『労働的に今生困ることは一切ないと思っちゃうくらいには』

「ははっ!それはいいことだ」

 休暇をくれ、と遠まわしに言ったつもりだったが笑ってスルーされてしまった。

「……リヴァイとの関係は順調かい?」

『え…』

 突然出てきた名前に言葉がつまる。
 エルヴィンは目を細めて僕を見ると穏やかに笑った。

「最近見ていて思ったんだが、どうも上手くいってなさそうでね」

 だから隊列の配置を変えたのだと、団長はそう言った。
 もともと部下に気を配って見守ってくれているんだなぁと思っていたが、そこまでしてくれるとは驚きだった。

「何か悩みがあるのなら話してみなさい。勿論、聞き手が私でよければだけどね」

 口元で腕をくんで優しげに目を細める団長の声色は聞いていてとても心地よいもので、何か懐かしさが込み上げて目頭が熱くなってしまう。

『っ………お母さん…!』

「せめてお父さんにしてくれ」




 
 実はまだ忙しい日々に体がついていっていないこと、失った家族のことを思い出して寂しくなること、そしてリヴァイと目が合ったり手が触れたりすると変な動悸がすること。それでも目が離せず気付けばずっと姿を目で追っていること。
 僕がたどたどしくも話している間、団長は静かに耳を傾けていてくれた。
 そして全て話し終えると頬杖をついてそっと笑む。

「遠征まで心と体をしっかり休めなさい。今の君には一人で考える時間が必要だ」

 まるで我が子の成長を見守るように慈愛に満ちた表情はそれはもう母のようで。

『お母さん……話聞いてくれてありがとう。僕、遠征頑張るね』

「うん、もういいや」

 ストンと表情が抜け落ちた団長は疲れた様子で特別作戦の旨を伝えると最後に「頼んだぞ」と兵をまとめる引きしまった表情で僕の肩を叩いた。





 

 

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