進撃ブック
□Agapanthus
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これはソーマが首席で訓練兵を卒業し、その並はずれた優れた能力を認められて副長に就任してから1カ月がたとうという頃の話だ。
『リヴァイ、コーヒー淹れたから休憩にしよう』
朝、リヴァイの机の上にどっさりと置いてあった資料が半分に消化されたのを見計らってソーマが兵長室に入ってくる。
リヴァイは今日初めて視線を資料から外してソーマを見上げるとマグカップに口をつけて一息ついた。
『ハンジのもあるよ』
「えっ、マジで?!さっすがソーマ!気が利く〜!」
『うわっ!?ちょ、抱きつくなって!』
コーヒーが零れるだろ!と声を荒げるソーマの腰は細くて、こんなのが首席で卒業した人の腰かと吃驚してしまう。
「おいクソメガネ。床を汚したら承知しねぇぞ」
「はいはーい」
極限な潔癖症のリヴァイに睨まれたので大人しくソーマからマグをありがたく頂戴してゴクリと飲んだ。
「あっっっつっ!!!!?」
火傷した。
火傷はしたけど床は死守したよ。
『えっ、ハンジ大丈夫?』
「大丈夫じゃないっしょ!!何これどんだけ熱湯でコーヒー作ってんの!?」
『いやだって、前に巨人の蒸気浴びて喜んでたじゃん』
「それとこれは全くの別物だよ!」
『同じだよ。巨人の蒸気の温度を測って、それと同じ温度にしたし……ハンジ専用のコーヒーが作れたと思ったんだけど駄目だったかぁ』
「ありがとう!その気持ちは素直に嬉しいよ!でもちょっと発想に難あり!!」
ビシッと人差し指を突き出せば不満の声があがる。まあ、ソファで何をするでもなくただゴロゴロしてるだけの奴にコーヒーを与えてくれたのだからその反応は当然だ。
当然……なのだけれど。
「………………」
最後の一口を飲みほして無言でマグをソーマに差し出すリヴァイ。
あっれー?おっかしーな〜?
「ねね、ソーマ」
『ん?』
おかわりを注ぎに行こうとするソーマを呼びとめる。
私の手にあるマグは未だ熱い。いい加減、手までもが爛れそうになってきたので机に置いてとりあえず首を傾げるソーマを見つめた。
「私のとリヴァイのコーヒーって同時に淹れたんだよね?」
『そうだけど?』
「なのに何この温度差?あれなの?ただ私が異常な猫舌だけなの?それともリヴァイの舌が熱を通さない素晴らしい素材でできてるの?」
つらつらと疑問を並べる私にソーマは面倒くさそうに顔をしかめると飲み干されたマグを私の眼前に持ってきた。
『リヴァイは人よりもちょっと猫舌だからいつも冷めるまで待ってるんだよ。かと言って完全に温くなったら飲んでくれないから、熱いと温いの間の絶妙なタイミングで持っていかないと駄目なんだ』
「へぇ……」
良妻か。
『あ、ちなみにハンジのはわかんなかったから適当』
「あれ?蒸気の温度測ったんじゃ…?」
『嘘に決まってるじゃん。そもそもそんなアホなことするほど僕は暇じゃない』
「だよねー!」
そんなアホなことを私たちはやっているんだけどね。
研究班の皆に謝れ。
『っ〜〜!』
「ソーマ?どしたの?」
訓練中、枝の上で蹲っているソーマを発見したのでどうしたのかと様子を窺ってみる。
前を覗きこんで見ると、抱えた膝から血が滲み出ていた。
「怪我したの?大丈夫?」
『あーうん、大丈夫』
もしあれだったら医務室に連れていこうとしたのだけど、ソーマはすぐに立ちあがってアンカーを少し離れた木の幹に突き刺すと飛んでいってしまった。
まだまだ若いなぁと少し羨ましく思いながらその後ろ姿を眺めていると、何か違和感を覚える。
「ん……!」
その違和感の正体を探っていると、答えがわかるより先に事が起きた。
幹に着地するはずだった足は空を蹴り、懸命に伸ばした手は枝を掠ることもなく重力に従って落ちる。
膝に負った傷のせいで満足な踏切ができなかったのが原因だろう。
「ソーマっ!」
綺麗に降下するソーマ。私は全身に冷や汗をかいて助けに向かおうとするが、それよりも速く動く者がいた。
リヴァイだ。
リヴァイは落ちた時の衝撃に耐えるために固く目を瞑っているソーマを掬って抱き上げると近場の枝に着地した。
私も心配になり、後を追ってリヴァイの隣に足を着く。
「何やってんだ愚図」
開口一番、低い声で叱責するリヴァイ。
ソーマはそんなことは気にせず興奮気味に言った。
『本気で死ぬかと思った!リヴァイが助けてくれなかったら完全に死んでたよ!ありがと!』
「……怪我してんのか」
『あ、これ?大したことないよ。ちょっと掠っただけ』
「だからお前は馬鹿なんだ。小さな怪我でも侮っていたら大変な目にあうぞ」
『でも普通に歩けるし…』
「何回も言わせんな。医務室に行く」
『だ、大丈夫だって!いま訓練中だし。それにリヴァイの邪魔はできないよ』
「部下の面倒を見ることも仕事だから心配ない」
そう言って尚も抗議するソーマを医務室へ連行していったリヴァイ。
部下を気遣うのはとてもいいことだよ。
でも、でもねリヴァイくん。
別にそこはお姫様抱っこじゃなくてもいいんじゃないかな。
訓練が終わり、ソーマも治療を終えて3人が兵長室に集まり休憩をとっていた。
リヴァイは例え休憩でもソーマが淹れたコーヒーを飲みながら資料を片手に難しい顔をしている。
ソーマは寝台の近くの椅子に座り、その椅子をキィキィと傾けながらぼうっとリヴァイを見つめている。
心なしか頬が紅いように見えるけど、夕日のせい…だと思う。
私はというと朝からこうして2人に密着して様子を面白おかしく見守っているのだけれど………あ、ペンが。
リヴァイがマグを置いた拍子にペンが床に軽い音をたてて落ちる。
するとソーマがほぼ反射的にそれを拾おうと手を伸ばし、もちろん落とした本人であるリヴァイも手を伸ばす。
そしてペンを拾う寸前、2人の手が触れ合った。
『あっ』
「おっ」
「ブフォッ」
お互い手を引っ込めて気まずそうに視線を彷徨わす2人。
ていうかリヴァイ、「おっ」て何「おっ」て。
『はいっ』
「ああ」
散々どちらが拾うか探り合った挙句、ソーマがペンを取りリヴァイに手渡す。
そしてその時にも手が触れ合って再び2人の間に距離ができた。
『な、なんか暑いね』
「窓を開けろ。そよ風くらい入ってくるだろ」
リヴァイに言われるままに窓を開けるソーマ。
途端、風が部屋に入ってきていくらか上がった室内温度を攫っていく。
風を感じて窓の外を見つめるソーマの横顔は夕日より赤くて、資料を読むリヴァイは無表情だけど落ちつかない様子。だって資料、逆さだし。
「……………ねぇ、君たちさぁ」
最近の2人は役柄的なこともあるが、常に一緒に行動している。
そんな彼らの様子が気になって今日丸1日密着して観察していたのだけれど………絶対さぁ、
「付き合ってるよね?」
………え?何その反応。嘘でしょ。
リア充詐欺だ。