進撃ブック
□Barrenwort
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―――――845
家を出て数分歩くと辺りには半壊した家が立ち並ぶ。その家を視界の端に流し見ながらさらに歩くと100年間、人類を守り続けている壁様様とご対面。その荘厳な壁に手をあててなぞりながらゆっくりと歩を進め、とある場所で立ち止った。
「あった」
――――[Heliotrope]
なぜ花の名前が書かれているのか、今ではわかる。
しかし、よくもまあこんな恥ずかしいことを一生残ってしまうような所に書けたものだ。
……いや、口では言えないから、一生残るものだからこそ書いたのかもしれない。
「永久の愛、ねぇ」
市場で適当に買ってきた酒のコルクを抜いて地面にぶちまける。途端、強いアルコールの匂いが充満して顔をしかめた。
「一度は一緒に酒を飲み交わしたいと思ってたけど、やっぱ無理かな」
匂いを嗅いだだけでクラリとくるものなんて飲んだら大変なことになりそうだ。
暫く酒瓶を逆さにしていると順調に中身は減っていき、ついにポタポタと雫が垂れるだけとなってしまった。
コルクを閉めて、ポケットに忍ばせていた小さな花束を酒で潤った地面に放る。
強いアルコール臭は花の甘い香りに緩和され、少しだけ良い匂いだなと思った。
「それじゃ、行ってくるよ」
そこには何もないけれど。
どこかで見ているであろう消えることのない愛情をくれた家族に敬礼して歩きだした。
歩く度にガシャンと揺れる立体起動装置にはあの花の名前を刻んでいる。
「―――で、訓練中にも監視員の目を盗んで外壁を乗り越え散策を続けた野郎が首位で卒業したと思えば副兵長就任だと?」
兵長室。
訓練兵の時から会う度に仲良くしてくれたハンジに連れられて僕は今、リヴァイにそれはもうビームが出そうなくらい絞られた視線で睨まれている。
しかしそこは気付かないふりをしてなんとか笑顔をつくってみせる。
『いやー僕も聞いた時は吃驚したよ。まさかリヴァイが兵長だったなんて』
「そういうこっちゃねぇ」
『痛い!!』
理不尽な蹴りを腹に食らいつつ、僕は本心で驚いていた。
まさかあのリヴァイが人類最強と謳われる兵長様だったとは。初対面の時に心惹かれた後ろ姿や人並み外れた身体能力など今思えばそれもそうだと納得できるが。
そして次に僕は、あの憧れの彼の傍で戦える日がきたことに笑みを浮かべるのだ。
「気持ち悪ぃ」
『ちょ、ひどい』
心底嫌そうに顔を歪めるリヴァイ。
ソファに座っているハンジが笑いを堪えるのを諦めて大声で笑っている。
リヴァイはそんなハンジを横目で一瞥して舌を打つとため息とともにやけに長い瞬きをして僕を見た。
あ、綺麗。
窓から差し込む日光により明るい藍色に光る瞳は塗れていて、どこか泣いているようにも見えた。
「もういいのか?」
彼が何を言おうとしているのか、それは微笑にしてはいささかキツイ笑みを見ればすぐにわかる。
僕はその問いには答えず、拳で心臓を打った。
『本日より兵長の補佐を務めさせていただくことになりましたソーマ・ミリスターです!宜しくお願いいたします!』
「………ああ、宜しく頼む」
人生の節目。
僕は今日から人類に心臓を捧げる。