作品
□僕らは配列を組めない
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「俺、たまに思うことがあるんですわ」
唐突に。
テレビ雑誌に目を向けながらで今の今まで全くそれらしい会話などしていなかった。そう、唐突だ。
「男も子供を孕めたらええのに」
そんな事を言われた瞬間、一体どんな顔をしていいのか。生憎と越知は分からなかった。
「......唐突だな」
「でもホンマたまになんですわ」
視線を越知に向けようとしない毛利の様子がおかしいと思いながらもそこを言及はせずに、越知は「どうしてだ」と理由を尋ねることにした。
こういう時は何か溜まりすぎた時だ、ガス欠をしなければ色々と面倒である。被害を受けるのは越知だ。
「俺、生物とか苦手やから詳しいこと分からんけど、子宮があったら子供孕めるんやろ」
「孕むという言い方は止めろ」
「...妊娠できますんやろ」
「そうだ」
「ほんなら男にも子宮があればええのに」
子宮が欲しい。
まるで新しいシューズが欲しいや、新作アイスが食べたい、そんな感じのニュアンスで毛利はそう呟いた。
「...手に入れてどうする」
「月光さんにあげる」
「...何故だ」
「そしたら月光さんは俺のモンと同じやん」
そこで漸く毛利は視線を越知へと向けた。
読んでいた雑誌を放り投げ、毛利はそのまま越知の膝へと頭を乗せた。
相変わらずくしゃくしゃな髪だ、と越知は彼の頭を撫でてやるとくすぐったそうに「気持ちええわ」と笑顔。
「子宮がなければ俺はお前のものにはなれないのか」
「ここでそんなんなくっても月光さんは俺のモンや、ゆうたら俺めっさかっこええと思いません?」
「俺の問いに答えろ」
「ちょ、怒らんといてくださいよ」
慌てたように謝る毛利に「別に怒っていない」と告げると、安心したようでまた笑った。
「正直今あれなんですわ.........オイーブ?」
「それを言うならナイーブだ」
「そう!それ!」
オイーブって何やねん。
そんな一人漫才をする毛利はいつもと変わらないように見える。いや、変わらないように見えるだけで本当は何処か可笑しいのかもしれないが生憎と越知はその微妙な変化に気づけるほど敏感ではなかった。
「さっきな、こーこーん時の友達からメール来たんスわ」
「そうか」
「ちょっと早いけど。パパになるらしいです」
「そうか」
毛利の友人という事はまだ十代である、法律上は何の問題もないのだが社会的な面では些か面倒だろう。
「月光さん、俺、月光さんのこと好きなんですわ、」
「そうか」
「絶対誰にも渡したくありません、別れたくない、これだけは分かってください」
「理解している」
自分の腰にしがみ付く姿はまるで子供で、越知は昔母が背が高いことでいじめられた自分を慰めるように頭を撫でてくれたのを思い出し、それを毛利にしてやった。
腹の辺りに冷たさを感じるから察するに、何も言わないでおく。
「月光さん」
「何だ」
「子宮がなくても、子供が出来ひんでも、月光さんがええんです」
「そうか」
「でも、ほんま、ほんまたまになんです、」
声は掠れていた。
いつもの彼からは想像出来ない程に弱々しく、こういう時の彼がどれ程子供みたいなのか越知は理解していた。
「月光さんが孕めばええのに」
そして決まってこの日の夜、彼は何も言わずに寝てしまう。
○
「なぁ、月光さん」
唐突に。
テレビで今話題の女性アーティスト(胸が大きく、目も大きい、身長は小さい)の歌を聴いていたら、また唐突に。
「結婚、しましょうや」
雰囲気もムードも何もないセリフを突然言ってのけられた。
飲んでいたビールはぶちまけてしまった。
「...いきなり何だ」
「いきなりやありまへん。めっちゃ昔、月光さんと会った瞬間から決めてたことなんです」
「そうまで断言されると逆に信じられない」
「あぁ、嘘、嘘です!つい最近考えました!」
それもそれで信じられないと返そうと考えた越知だが、自体に収集が着かなくなりそうなので止めた。
「...日本で同性同士の結婚は出来ない」
「えー、ほんなら俺らが日本初にならへん?」
「断る」
「え、月光さん俺と結婚したくありまへんの?」
どうしてそう極論になるんだ、という目で見れば毛利はそれを上手く感じ取ったのかどうかは分からないが「んー」とつまみにと買って来たスルメを眺めながら「あ!」と何かを思いついたらしい。
「ほんなら外国行きましょうや!同性同士の結婚が認められとる国!どこがあるんですか?」
「オランダやベルギーだ」
「ほんならオランダ!いや、ベルギー行きましょう!」
早速準備や、と立ち上がろうとする毛利の襟を「待て」と言って掴んだ。
それによって毛利は越知の方に倒れこんだ。
「何で、善は急げ言いますやん!」
「俺もお前もまだ大学を卒業していない。」
「卒業したらええですの?」
「資金も何も準備していなければ行っても苦労するだけだ」
「......あ、そっか」
そこで漸く冷静になって、毛利は「よいしょ」と起き上がり、何やら大学ノートを取り出して"おれ"、"月光さん"と欄を作った。
「んー...ほんなら俺が稼ぎます!もう、めっちゃ稼ぎますから月光さんはベルギー語勉強してください!ほんで俺に教えてください!」
「......ベルギー語という言語はない」
「え、ほんならベルギーは何語話してますん?」
「フラマン語とフランス語、そしてドイツ語だ」
「え?三種類も!?ほんでフラマンって何なん!?」
「オランダ語だ。そして地域によって言語は違う」
「......ほんならオランダにしましょ。オランダやったら全部オランダ語やろ?」
「数ヶ国語を話せる人が殆どだ」
「余所は余所、家は家ルールでっせ」
ふんふんふん、と越知の説明を聞きながら、"おれ"と書かれた欄に"資金"、"月光さん"と書かれた欄には"ことば"と書いた。
「...言葉ぐらい漢字で書け」
「ええやん。後何年かで日本語お仕舞いや」
あとはー、と今のバイトの平均給料を書きながらそれでまた悩み始める毛利。
「えーっと...携帯が一万ぐらいでー...家賃が二万で、光熱費が三万で......あかん、貯金とか出来ひん...どないしよ...」
「......」
「.........そうや!俺、月光さんと一緒に住みます!」
「......どうしてそうなる」
「そしたら家賃は半分ずつになって、月光さんと結婚した感じになってお金貯めれて、勉強も一緒に出来ますやん!」
「学校が遠くなるぞ」
「そんなんええよ!俺毎日駅まで自転車で行きますから!」
めっちゃええやん、貯金出来て月光さんと暮らせるとか俺めっちゃ嬉しい!と勢いよく越知に抱きつく毛利。
一瞬先程のスルメが出そうになった。
「......なら、」
「?なんでっか?」
「俺が駅まで送っていこう」
「!ほ、ほんまですか!?」
「あぁ」
「うぉっしゃー!!俺、月光さんの運転めっちゃ好きなんですわ!」
安心しますもん!とまたしても越知の腰に顔を埋める毛利。
「俺今度免許取ろかな」
「オランダに行くのにか?」
「あ、ならオランダで取りますわ」
「...行くことは決定なのか」
「え、行きたくないんでっか?」
「.........いや」
「なんですのー、その間はー」
今日は気分がいいらしい。
その後毛利は突然に越知の唇を奪った。
そのまま舌を入れられ、後はもう全て毛利の気分次第となる。
「月光さんと、幸せになりたいねん」
僕らは配列を組めない
(けれど確かな幸福がそこにある)
「月光さんが孕んだら、もう結婚と同じやありません?」
「......そういう考え方は止めろ」
「はーい」
「後、孕むという言い方は止せ」
「はーい」
「.........好きだ」
「はーい.........え?」
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大学生な二人。
毛利は越知を引き止めるにはどうするか常に考えていて、考えた結果、子供か結婚かどちらかだな、という結論に至ったという。
なんか所々毛利がアホっぽいのは学校とかサボって勉強嫌いで、生物苦手なのは私もです。
越知は毛利が好きなんだけど引き止めることはしない、というか出来ないと考えてる。
自分は毛利が好きだけど彼の人生を奪う権利なんて持ってない、そもそもこれは公にしてはいけない関係で、色々考えた結果、もし毛利が別れを切り出したら別れよう的な。
自己犠牲的だね、でも好きなんです。そんな彼が。
ちなみに所々毛利の言葉や考え方を直しているのは彼が合宿の時毛利の教育係だったらいいなっていう妄想から。
長くなって申し訳ありません!
素晴らしい企画、ありがとうございました。
彼方