短編

□その瞳に魅了されて
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―ねぇ。ぼくは本当は君の実の兄じゃないんだって言ったら、どうする?―



それは、台本読みでも立ち稽古でも何十回と彼から聞いた台詞だった。





公演前日のゲネプロ。
舞台装置も衣装も本番そのままで行われ、先ほどの台詞のシーンになった。

レイジーは私のお兄様。
その兄から告げられた言葉に私は動揺をする…演技をする筈だった。


「――っ」
『(…?どうしたの?)』
「(ぁ…。す、すみません)


仮面越しのレイジーの視線に私は言葉が詰まり、次の台詞を言うのに一拍遅れてしまった。
私は出来るだけ平静を装い、その後のゲネプロはなんとか無事に終了した。





『…ねぇ。どうしてさっき、台詞を言うのに一拍遅れたの?そういう演出に変更になった?』
「美風先輩…」


ゲネプロ終了後に、そう美風先輩から声をかけられた。


「すみません!実は…」
『ぼくちんが彼女に、そうアドバイスしたんだよんっ』
『レイジ?』
「こ、寿先輩!?」


私の背後から突然現れた寿先輩は、美風先輩にそう答えた。
勿論私は、そんなアドバイスなどは受けていない。


「あの…」


私はおずおずと声をかけると、寿先輩はウィングで返した。
“話を合わせて”という意味だと思った私は、小さく頷いた。

『はぁ。レイジはなんでもかんでもアドリブ入れすぎ。少しは合わせる人間の身にもなって』
『えー?でもでもー、さっきのも良かったと思うけどなぁ』
『…悪いとは言わないけど、事前に話して決めてたのなら、ちゃんと言ってよね』
『はいはーい』


美風先輩はもう一度ため息を吐くと、そのまま楽屋に入っていった。


『ふぅーっ。アイアイは真面目さんだからねぇ』
「あ、あのっ…寿、先輩」
『ん?』
「ありがとうございます。それと先ほどは、申し訳ありませんでしたっ」


私は頭を下げて謝罪を伝えると、寿先輩は私の肩に手を置いて“大丈夫だよ”と言ってくれた。


『まぁ、明日から本番だしね。ちょーっと緊張しちゃったのかな?』
「……え、と」


美風先輩から庇ってくれた寿先輩には、きちんと言ったほうがいいとは思う。
しかし、コレを本人に言うのは流石に少し恥ずかしいのだけど…。


『?もしかして、なにか別な理由があった、とか?』

「……で」
『え?』
「寿先輩の、瞳が綺麗で…」
『へ?ぼ、ぼく?』
「仮面越しから伝わってくるレイジーの想いと言うか、何だか本当に魅了されてしまって。次の台詞が一瞬飛んでしまいました…」
『そ、そっかー』


寿先輩は私から顔を逸らすと口に手を当てて、深いため息をついた。


『……上手く隠してたつもりだったんだけどな〜』
「?」
『う、ううん!なんでもないよんっ』
「そう、ですか?」


寿先輩は頬をかきながら、視線を泳がせる。
私は自分の発言が寿先輩を不快な思いにさせてしまったと後悔していると、寿先輩はこちらを向いた。


『あぁ、落ち込まないで。きみのせいじゃないんだ。ぼくの気持ちの問題というか、なんというか…。んー…あ。…ねぇ、顔をあげて?』
「…はい」


寿先輩に言われた通りに、私は顔をあげる。
すると目の前には寿先輩の顔が近くにあって、私は思わず腰を引いてしまった。


『逃げないで』
「あ、あの…」


引いた腰を寿先輩の手に寄って引き寄せられ、私と寿先輩の距離はほぼゼロに等しかった。

寿先輩はそのまま近づいてくると、私のおでこにキスを落としたのだ。


「……え?」
『アイアイばかり、ズルいからね』
「寿、先輩?」
『なーんてね。コレは明日からの公演が上手くいくようにおまじないをしたんだよんっ』
「おまじない…」
『そうそう!明日からロングランで始まる公演に、少なからずぼくやアイアイ、なっつんだって緊張している。きみだけじゃない。だけど、どんな時も最高な舞台をみんなに届けたいよね』
「…はいっ」
『舞台は生物だ。失敗をしても編集できるわけじゃない。だけど、失敗を恐れないで。みんなでフォローをするから。きみはひとりじゃないよ』


私は寿先輩が今日の失敗を励ましてくれているんだと、やっと気づいた。


『だから、明日からも一緒に頑張ろう!』
「はい!」


寿先輩がいてくれて本当に良かった。
絶対に良い舞台にしようと、私は気持ちを新たにするのだった。








『…ふぅ、危なかったぁ。ぼくちんもまだまだだね〜』
『ちょっとレイジ、何してるの?置いていくよ』
『あっ、待ってよアイアイ〜っ!』






―そう、今はまだ伝えないよ。
その時が来るまで、ぼくのこの気持ちは仮面の奥へと潜ませておこう―







End♪



 

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