短編

□憧れだと、思っていた
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『やっぱり麗(れい)さん、かっこいいなぁ』


俺は久しぶりの休日に、事務所の先輩である麗(れい)さんのライブDVDを観ていた。

麗(れい)さんは、ロックにバラード、アイドルソングなど何でも歌えて、男女年齢問わずにファンがたくさんいる人気者。
そして、俺の憧れの人だ。








麗(れい)さんと初めて会ったのは、れいちゃんに誘われて麗(れい)さんのライブに連れて行ってもらった時だった。
そのライブ後に、麗(れい)さんに挨拶に行くと言うれいちゃんに、俺もついていった。

楽屋に着くと、入口から溢れるくらいの関係者の人たちに俺は圧倒された。


『うわぁ。すごいな、人がたくさんいるね』
『そだねー。麗(れい)ちゃんはほんっとに人気者だからね』


そうして麗(れい)さんに声をかけていく人達が居なくなっていくにつれて、俺の心臓の鼓動が早くなっていく。

遂に楽屋に残ったのが俺とれいちゃんだけになったところで、麗(れい)さんがこちらを振り向いた。

ドクンっと、心臓の音が耳まで聴こえた気がする。


「嶺二!今回は来てくれたんだねー」
『えー?それって、まるでぼくがいつも来てないみたいじゃなーい?』
「だって、楽屋に来るのは初めてでしょ?」
『いつもはライブ後に仕事あったからね。でも今日はこの後何もないし、ぼくの後輩も一緒だからね』
「後輩?」


麗(れい)さんはこちらを見ると、さっきまでステージ上で見せていた笑顔で、俺に声をかけてくれた。


「もしかして、君が一十木音也くん?」
『え?どうして俺の名前…』
「嶺二から聞いてたからねー。自分の後輩に私のファンの子がいるって」
『れ、れいちゃんっ!』
『んー?だって本当の事でしょー?』
『そうだけど!…は、恥ずかしいよ』


まさか麗(れい)さんに俺の事が知られてるなんて思わなかった。
俺は、恥ずかしさで熱くなった顔を隠したくて、二人の視線から逃れるようにうつむいた。


「ありがと。嬉しいよ」
『っ!…はいっ!俺、麗(れい)さんの音楽が、好きです!なんでも歌えるし、カッコイイのに女性らしいところもあって、目が離せないって言うか、もう本当に憧れてて……大好きです!!』


麗(れい)さんの言葉で、俺は夢中で想いを伝えていた。
しかし、唖然としている二人の視線に気づいた俺は、さっきよりも顔が熱くなってしまった。


『ぅ、うわぁぁあ!俺、なに言って……す、すみませんっ!!』
「う、ううん…」
『おとやん大胆だなぁ。ってか、麗(れい)ちゃんも顔、真っ赤だよ〜?』
「うっ、るさいよバカ嶺二!もーっ!」


俺、勢いに任せて何言っちゃってんだよ…。

けど、俺にも負けないくらいに顔を赤くしている麗(れい)さんがなんだか可愛いな、なんて口には出せずに、そのまま呑み込んだ。


『麗(れい)ちゃんはおとやんみたいな純粋な子に弱いもんね〜』
『え?』
「嶺二!」
『あっはは〜!れいちゃんだって純情少年永遠の19才なんだぞっ』
「あんた、図々しいにも程があるわよ…?」
『怖いっ!麗(れい)ちゃん、ミューちゃんに負けないくらいの冷気を纏ってるよ!』
「全く…。で、この後、打ち上げあるけど嶺二たちも来る?」
『んー、そうだなぁ。おとやんはどうする?』
『えっ?!お、俺っ??』


まさか打ち上げに誘われるなんて思ってなかった俺は、思わず声が裏がえった。
なんか今日は、カッコ悪い所ばっか麗(れい)さんに見せてる気がする…。


「うん。良かったら一緒にどう?」
『お、俺は…』
『あ。でもおとやん、明日、朝一で仕事入ってなかったっけ?』
『そうだった!忘れてたよ〜。れいちゃん、ありがとっ』


れいちゃんの一言にホッとしたような残念なような…。
でも打ち上げになんて行ったら、緊張し過ぎてどうしたらいいか…。


「そっかぁ。それじゃ、また今度ゆっくりお話しようよ。後輩くんとは話、合いそうだしね」
『…いい、んですか?』
「もっちろん!え…っと。はい、コレ。私の連絡先。後でメールちょうだい?」
『は、はい!』


俺は、緩みそうになる頬を必死で引き締めた。


「てなわけで、私もそろそろ支度するから、男性陣は出ていくよーにっ」
『えー?ここで着替えてくれてもいいのにー』
「れ、い、じ、くーん?」
『…はーい。んじゃ、ぼくちんも帰るっかなー』
「って、嶺二も来ないの?」

『うん。ぼく、これでも先輩だからね!後輩が家に着くまで見送らなきゃさ!』
『れいちゃん、俺ならちゃんと真っ直ぐ帰るよ?』


いつも通りのテンションな筈のれいちゃんだけど、なんとなくいつもとは違う気がして、俺は首を傾げた。


『いーのいーの。それじゃあ麗(れい)ちゃん、今日は良いライブ見せてくれてサンキューベリベリマッチョチョ!』
「相変わらず昭和くさいわね。でも、来てくれてありがとう」
『どうしたしまして。ほらほら、おとやんもっ』


れいちゃんに背中を押され、つんのめるように俺は麗(れい)さんの前に出た。


『あ、あの!今日は本当にありがとうございました!…後で、メールします!』
「うん。こちらこそありがとう。後輩くんもまたね?」
『はいっ!』
















麗(れい)さんの楽屋を後にした俺たちは、タクシーを拾うために大通りに向かって歩いていた。


『れいちゃん、今日は連れてきてくれて本当にありがとう。すごく楽しかったよ!』
『どーいたしまして。それに勉強にもなったでしょ?プロのアイドルの仕事を間近で見るのもね』
『うん!麗(れい)さんの歌唱力も勿論すごかったけど、何よりファンを大切にしてるんだなぁっていうのがパフォーマンスからも伝わってきたよ!俺もいつかあんなライブしてみたいなぁ』
『うんうん。目標はしっかり持たないとね』


すると、れいちゃんは急に歩みを止め、俺を見つめた。


『どうしたの?』
『だけど、アレはあんまり良くなかったかな〜』
『??』
『麗(れい)ちゃんにさ“大好きです〜”って言ったやーつ』


俺は何を言われているのか分からないでいると、れいちゃんは“おとやんはやっぱりおとやんだね”と苦笑いされてしまった。


『あの場には麗(れい)ちゃんとぼく達しかいなかったけど、楽屋の外にはスタッフや関係者もいる。おとやんのファンとしての想いは間違っていないし、その気持ちは大切だけど、周りはそれをいいように取るからね』
『…あ』


そこで俺は、れいちゃんの言いたいことがわかった。


『ごめん、れいちゃん。俺の発言で麗(れい)さんに迷惑をかけちゃうかもしれないよね…』

『それに、自分自身にもね。けど、おとやんの良いところは素直で真っ直ぐな所さ。そこは自信を持っていい』
『うん…』
『そ・れ・に、好きだって気持ちは止められるものじゃないしねー』
『ち、違うよれいちゃん!俺、そんなんじゃ…っ』
『んー?そうなのー?………まぁ、ぼくちんも譲る気ないけどねー』
『れいちゃん?』
『ううん。なんでもないよんっ』


れいちゃんが呟いた言葉を聞き取る事が出来なかったけど、いつも通りに戻ったれいちゃんに、なんだかそれを聞き返す事が出来なかった。















『あー!麗(れい)さんの歌、聴いてたら俺も歌いたくなってきたなぁ』


俺はソファーから立ち上がり、身体を伸ばしていると、携帯から着信音が流れてきた。


『あれ?事務所からだ』


もしかしたら急な仕事でも入ったのかな?
通話ボタンを押し、耳をあてる。


『もしもし、一十木です。…はい、はい。え…?そ、それ本当ですか!?』


事務所からの電話は、とても信じられない話だった。


『はい……はい。わかりました。よろしくお願いします』


通話ボタンを切り、俺は今、聞いた話がとても信じられなかった。








『…俺、麗(れい)さんと一緒に歌えるんだ』










to be next♪

 

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