短編

□ボクだけのキミでいて
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秋風が吹き始めた今日この頃。
夕暮れの空を赤トンボが舞っていた。


「はぁー。1年って本当にあっという間だなぁ」


仕事帰り、私は寮までの帰路で空を見上げながら独り呟いた。

シャイニング事務所でデビューしてから早1年。
殆ど休む間もなく仕事に明け暮れ、体力的に辛いことは何度もあったけど、充実した日々を送ってきた。

そんな時、私はふと彼を思い出す。
初めて彼に会ったときは“何なのこの人!ドSか!”と思ったのは記憶に新しい。
そんな彼を思い出して一人笑みを溢していると、正面から声をかけられた。


『何ニヤニヤしながら歩いてるの?気持ち悪いよ』
「藍ちゃん!」


今まで私が思い浮かべていた彼、美風藍がこちらに向かって歩いてくる。


「こんなところで奇遇だね!藍ちゃんはこれからお仕事?」
『今日はもう終わり。キミを探してたんだ』
「私?」
『うん。これをショウとナツキからもらったから』
「ん?」


そう藍ちゃんが差し出したのは、一枚のチラシ。
よく見るとそれは、お祭りの案内のチラシだった。


「“今年最後の花火大会”?」
『みたいだね』
「なんでこれを翔ちゃんとなっちゃんが藍ちゃんに?」
『…さぁ。それで、麗(れい)は行かないの?』
「へ?私?」
『キミはこういうの好きだって聞いたんだけど』
「うーん」


確かに今年は祭りという祭りには参加できてないし、お祭りは大好きだけど…。


「んー。お祭りは行きたいけど、別にいいかな」
『…っ。どうして?』
「だってお祭りは一人で行っても楽しくないでしょ?」
『……』


私がそう答えると藍ちゃんはその場で黙ってしまった。
あれ?私、変なこと言った?


『……ってもいいけど』
「え?」
『それなら、ボクが一緒に行ってあげてもいいよって、言ったんだよ』
「藍ちゃん」
『なに?』
「ありがとう」
『……うん』


あぁ。私、やっぱり藍ちゃんが好きだなぁ。


















『麗(れい)、遅いよ』
「ぇ、ちょっ、待ってよ藍ちゃん!」


私と藍ちゃんはシャイニング事務所寮近くで行われる花火大会に来ていた。
今年はゲリラ豪雨などの悪天候の影響で他の花火大会などが中止になった為か、周りは普段の何倍というくらいの人が集まっていた。
藍ちゃんと私は伊達眼鏡をしたりウィッグをして変装をしていたんだけど、これだけの人がいたらそんな必要もなさそう…。


『さっきから何してるの?置いていくよ』


藍ちゃんはスタスタとこの人並みを掻き分けて先を歩いていく。
私はそんな藍ちゃんに必死についていった。
どこかに向かって歩いているのか、藍ちゃんの足取りに迷いはない。


「あ、藍ちゃん、どこ行くの?」
『ついてくれば分かるよ』


こちらを向かずにそういう藍ちゃん。
速度が緩むことのない藍ちゃんに対して、私は息がだんだんと上がってきた。


「はぁ…はぁっ…あい、ちゃ……きゃっ!」


藍ちゃんを追うことに必死になっていた私は、足元にまで気が回らず何かにつまづいてしまった。
“倒れるっ!”そう思い、私は目を瞑った。


『はぁ。ちょっと目離した隙に何してるの?』
「ご、ごめん…」


しかし私は地面に倒れることなく、藍ちゃんに抱きとめられていた。


『大丈夫?』
「…本当にごめんね」


私は自分が情けなくて落ち込んでいると、藍ちゃんが手を差し出してきた。


「え?」
『…また、転ばれたら困るし』
「ぇ、っと…」
『早くしてよね』
「は、はい!」


目の前に差し出された手に私は自分の手を重ねた。
藍ちゃんは私の手を握るとそのまま手を引いて歩いていく。
今度は歩幅も私に合わせてくれていた。


「…えへへ」
『なんで笑ってるの?』
「ううん。なんでもないよ」
『なんでもないのに笑うの?』
「んー。ないしょ!」
『…気になるんだけど』


藍ちゃんは少しむくれた顔をしていたけど、すぐにいつも通りになって歩を進めた。

…だって、
藍ちゃんが私を気にかけてくれるだけで、こんなにも幸せな気持ちになれるだなんて、恥ずかしくて言えないよ。


暫く歩いた先に高台のようなところがあった。
人気がなく、ベンチが一つポツンと置いてあるだけの広くない高台。


「藍ちゃん、ここって…」
『ほら、始まるよ』


私の声を遮ってそう言う藍ちゃんの視線の先に、大きな花火が上がった。


「うっわぁー!きれーい!」
『ちょっと、声、大きいよ』
「だって、だって!花火なんて久しぶりに見たんだもん!すっごーい!」
『……よかった』
「え?藍ちゃん、何か言った?」
『なんでもないよ』


藍ちゃんが何て言ったのか、花火の音で聞こえなかったけど、藍ちゃんの横顔を盗み見たら、楽しそうな表情をしていた。

最初は、どうして花火大会に私を誘ってくれたのかわからなかったけど、今、藍ちゃんが楽しいと思ってくれてるなら理由なんて別にいいか。


「そういえば、藍ちゃんは花火大会来るの初めてなの?」
『そうだね。初めてだけど、花火って結構うるさいんだね』
「そ、そうだね」
『でも、凄くキレイ、だと思う』
「…うん!キレイだね!」
『……麗(れい)』
「うん?」


名前を呼ばれて顔を上げると、私をまっすぐ見つめる藍ちゃん。
透き通るような、それでいて深い深い藍ちゃんの瞳に見つめられた私は、どうしたらいいのか分からずに視線を泳がせる。


『麗(れい)、ちゃんとボクを見て』
「えぇ、と…」
『なんで、ボクが今日、キミを花火大会に誘ったのか分かる?』
「ワ、ワカラナイ、デス」
『なんでカタコトなの?』
「だって!緊張してる、から?」
『なにそれ。ボクに聞かれてもわからないよ』


私はグルグルする頭をなんとか整理しようとするけど、全く考えがまとまらない。
そうしてる内に花火は終わり、周りは静寂に包まれた。


「…藍ちゃんは、どうして私と一緒に花火大会に、来てくれたの?」
『キミと、見たかったから』
「それって…」
『キミが、好きだよ』


私は驚きで目を見開いた。
私の幻聴じゃないかって言うくらい、今の藍ちゃんの言葉は衝撃的だった。


『……ねぇ、何か言ってほしいんだけど』
「あの…」
『告白されたら、返事をするものじゃないの?』
「えっ!今のはやっぱり幻聴じゃないの?!」


藍ちゃんは眉間にシワを寄せると、ため息を吐いた。


『キミ、ボクの言葉、ちゃんと聞いてた?』
「聞いてた…けど」
『それなら返事は?』


藍ちゃんは私から視線をそらすことなく、ただ私の返事を待っている。

これはもう…言うしかない、よね。


「私も…」
『……』
「私も藍ちゃんの事が、好き…っ!」


返事を言いきる前に、私は藍ちゃんに抱きしめられた。
急激に早くなる心臓の音と熱くなる顔。
私を抱き締めながら“返事、遅いよ”と言った藍ちゃんの頬も少し赤くなっていた。


『…なに?』
「藍ちゃんの顔、赤い」


“うるさい”と、藍ちゃんは私の唇を自分の唇で塞いだ。


「ぅ、ん…っ!あ、藍ちゃん!?」
『キミがうるさいから、喋れないようにしただけだよ』
「私、キス初めてなのに!」
『…もしかして、ボクじゃ不満なわけ?』


スッと目を細める藍ちゃんの周りに一瞬冷気が見えた。


「ち、違うよ!初めてはもっとこう…ロマンチックな雰囲気でって思ってたから…」
『…へぇ』


私の言葉に意地悪そうな笑みを浮かべた藍ちゃんは、私の顎に手を添えて上を向かせた。


「あ、いちゃ…」
『麗(れい)…。好き、だよ』
「ん…」


そんな風にされたら、さっきからドキドキしぱなしの心臓が破裂しちゃいそうだよ。


『これからは、ボクだけのキミでいて』
「…はい」


私は藍ちゃんの背中にしっかりと腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。
そんな私にくすっと笑った藍ちゃんも、優しく抱きしめ返してくれたのだった―…。










「あ、翔ちゃん。お疲れさまー」
『おぅ、お疲れさま。つか、藍と花火大会に行ってきたんだろ?』
「うん!私も今年は全然お祭りいけなかったから。なっちゃんと翔ちゃんに感謝です!」
『…那月?』
「あれ?藍ちゃんが花火大会のチラシを翔ちゃんとなっちゃんからもらったって…」
『はぁ?ちげぇーよ、あれは藍が…』
『ショウ。それ以上余計なこと喋ったら、今日の課題倍にするけど…、いいの?』
「藍ちゃんっ」
『なっ!?お、横暴だぁー!!』
『何言ってるの。ほら、早く次の仕事行きなよ』
『ちくしょーっ!いつかお前を見返してやるからなーっ!』
『はいはい。本当、ショウって何でいつも無駄に元気いいんだろう』
「ふふ。藍ちゃんと翔ちゃんは相変わらず仲良しだね」
『そんなことないと思うけど』
「そう?でも、嬉しそうな顔、してる」
『…うるさいよ』







End♪


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