短編

□スウィートタイム
1ページ/1ページ




『……』
「……あのー」



私は沈黙に耐えられず、隣で読書を続ける彼―カミュ先輩―に声をかける。

突然、カミュ先輩の自宅に呼び出された私は、何か用事を言い渡されるのかと思いきや、

“傍にいろ”

それだけを言われた私は、ソファーに腰をかけたカミュ先輩の隣に座らされた。
しかも、紅茶にケーキまで用意をしてくださっている。

そうして1時間が経ち、ただ座ったままの私は痺れを切らしてカミュ先輩に声をかけた。


『なんだ』
「今日は、どういったご用件…でしょうか?」


私は一言一言、言葉を選びながらカミュ先輩に問いかける。

私がカミュ先輩のパートナーになって早数ヶ月。
今日の様に呼び出されるのは珍しい事ではない。仕事では勿論、それ以外で呼び出される事もある。
例えば、お気に入りのケーキ屋で新作が出たと知れば“そのケーキを買ってこい”だの、ケーキバイキングがあると聞けば“今から向かうぞ。15分で支度しろ”と、急な呼び出しが殆ど。
しかも必ず、私が休みの日に呼ばれるので断ることも難しい。
前に一度、勇気を出してお断りの返事をしたことはある。が、それを聞いたカミュ先輩は…

“ほぅ。愚民の分際でこの俺の誘いを断るとはイイ度胸だな。よかろう。次に会ったときに二度と誘いを断れぬようにしてやろう”

なんて、不敵な笑みを浮かべながら言われた日には、断れるはずもないじゃないっ!


『…用件、だと?』
「(ひっ!)は、はい…」
『それなら先ほど言ったはずだが?』
「…もしかして“傍にいろ”って言うのが、今日呼ばれた理由…ですか?」
『それ以外に何があると?』


そうしてまた本に視線を戻すカミュ先輩に、私は頭を悩ませる。
とりあえず、念のために持ってきていた仕事道具一式はある。
せっかくなので、ピアノをお借りして作曲作業をしようと席を立つ私にカミュ先輩は“何処にいく?”と腕を掴んだ。


「ぇ、と。せっかくなのでピアノを少しお借りしたいなと思いまして」
『ダメだ。今日は俺の傍にいろと言ったであろう』
「は、はぁ…」


私は成す術もなく、再びカミュ先輩の隣に腰を下ろした。

私がどうしたものかと考えていると、玄関からチャイムが鳴った。


「カミュ先輩、どなたかいらしたみたいですが…」
『放っておけ』
「でも…」


チャイムは何度も鳴らされ、しまいには玄関の扉を叩かれる始末。
カミュ先輩の眉間に皺が寄ったのを確認した私は急いで玄関に向かい、扉を開けた。するとそこにいたのは―…


「え?セシル?」
『あぁ!マイプリンセス!やはりココにいたのですね!』


セシルは私の姿を確認するとガバッと抱きついてきた。
彼のこの行動に最初は戸惑っていたが、セシルは私に会うと必ず抱きしめてくるので慣れてしまった。
女子として慣れるのもどうかとも思うけど、セシルは大きな子どもみたいだから。


「あ。カミュ先輩に用事だよね。今、呼んで…」
『ノン!アナタを探していたのです!』
「私?」
『イエス!今日はワタシ、お仕事休みです。アナタも休みだとリンゴから聞きました。だからアナタの部屋に行ったのです』
「そうだったの。ごめんね、私も休みなんだけど、カミュ先輩の用事で呼ばれて」


本当はただ傍にいろと言われて、どうしたらいいのか分からないのだけど。


『そう思ってコチラに来ました。今日こそはアナタと一緒に居られると思ったのに…』
「え?」
『カミュは意地悪です。いつも休みの日にアナタを独り占めする』
「独り占め?」
『イエス。ワタシとアナタの休みが一緒になることはなかなか無い。だからワタシは今日をとても楽しみにしていました。それはカミュも知ってる』


セシルは私に抱きついたまま、おでこにキスをした。
相変わらずスキンシップが激しい子だなぁ。


『なのにカミュはワザとアナタに用事を言いつけて、ワタシと一緒に居させないようにしたのですっ!』


セシルは私の肩を掴むと、グイっと顔を近づけた。
流石の私も至近距離で見つめられると恥ずかしいのですが…。


『おい、愛島。誰がそいつに触れていいと許可した』
「カミュ先輩!」
『む。カミュ!ワタシが麗(れい)に逢えるのを楽しみにしていたのに、それがオモシロくないからと言って用もないのに麗(れい)を呼びつけないでクダサイ!』
「知らんな。何の事だ?」

『知らない、ではありません!ワタシはこれから麗(れい)と出掛けます。だからカミュはついてこないでください!』
「え?え?」
『何を言う。麗(れい)が自らの意思で俺の傍にいるのだ。貴様に文句を言われる筋合いはない』
『そんなことはありません!麗(れい)、そうでしょう?』
「わ、私…」
『麗(れい)』


私はカミュ先輩に呼ばれ、そちらを振り向いた瞬間に抱きしめられる。


『お前は俺の傍にいろ。それがお前の使命であり、存在意義なのだから』
「ぇ、あ…の…っ」
『どうした?顔が赤いな』


ククッと喉で笑いながら、私の頬に手を添えるカミュ先輩。
ちょっと待って。私、こんなカミュ先輩知らない。


『お前は俺を選べばいい』


私のおでこ、鼻、そして頬にキスをするカミュ先輩。
顔が、熱い。思考回路がショートしそう。


『カミュ!麗(れい)を離してください!彼女はアナタのモノではない!』
『愛島、うるさいぞ。貴様は大人しく帰るがよい。元より貴様が入り込む余地などないのだ』
『違います!カミュは彼女にムリを強いているだけ。ワタシ分かります。彼女は本心でココにいるわけではないっ』


“マイプリンセス。こちらを向いてください”
そうセシルに言われ、振り向けばまた至近距離にある彼の顔に驚いてしまった。


『あぁ。驚かせてしまってすみません。しかし、マイプリンセス。ワタシはアナタの事を愛しているのです。誰よりも優しく、慈しみを持っていつもワタシの事を受け止めてくれる』
「そんなこと…」
『ケンソンしないでください。ワタシにはわかります。麗(れい)…愛してる』


そんなにいとおしいそうに私の名前を呼ばないで欲しい。
さっきまでは何ともなかったのに、今はセシルに見つめられるだけで心臓が煩く鳴っている。


「セシ、ル…」
『イエス。マイプリンセス』
「カミュ、先輩…」
『愛しいマイプレシャス。なんなりとお申し付けを』



セシルとカミュ先輩に見つめられ、甘い言葉を囁かれ。
私の身体はドキドキと緊張で硬直してしまった。


「わた、し…」


もう、無理…。
これ以上は、耐えられない…。


「ごめ…なさ…」
『あっ、麗(れい)?!』
『麗(れい)!』


現状に頭がついていかず、私は二人から逃れるように意識を失うのだった――…









End♪

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ