短編

□幸せに満ち溢れて
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『ふぅ…』


スタジオから楽屋に戻り、ソファーに座って一息をつく。
次の仕事まで暫く時間が空き、待ち時間に何をするか考える。



『そう言えば今日、ぼくの誕生日なんだよね〜』


そう一人ごちりながら天を仰ぎ、瞳を閉じる。

アイドルになってから、誕生日をゆっくり過ごしたことはなかった。
前後を含め、誕生日などのイベントがあるときはとくに忙しい。
それはアイドルとして、とても幸せなことなんだろうけどね。


『たまには休みたいなぁ〜なんて言ったら、龍也さんに怒られちゃうかな』


龍也さんには昔からお世話になってるし、良く怒られた。
自分のマスターコース時代を思い出し、ふと笑みが溢れる。

そんな時、一人の女の子の顔が脳裏に浮かんだ。

ぼくの後輩たちと同期である作曲家の麗(れい)ちゃん。
最初は一生懸命で可愛い女の子だなぁと思ってたくらいだけど、この歳になって結構気に入ってたりするんだよね。

つまりは麗(れい)ちゃんにホの字、ってことなんだけど。
なんて考えていたら、楽屋のドアがノックされる。

もしかしてぼくの想いが彼女に届いたのかな?

ぼくは駆け足でドアの方へ向かった。


『って、え?トッキーにおとやん?二人してどうしたの?』
『れいちゃん誕生日おめでと〜っ!!』
『寿さん、お誕生日おめでとうございます』


ドアを開けた先には後輩二人。
ぼくは驚きで目を見開き、二人を見つめた。


『ビックリしたぁ。れいちゃん驚いちゃったよー。もしかしてわざわざその為にここに来てくれたとか?』
『まぁ。もともと収録現場もこちらだったので』
『れいちゃんが俺たちと同じ現場で収録してたってスタッフさんから聞いたから、会いに来たんだよ!』


わざわざ祝いの言葉を伝えに来てくれた二人。
ぼくは嬉しくて、可愛い後輩たちの頭をクシャクシャと撫でてやった。


『なんて先輩思いの可愛い後輩たちなんだ!れいちゃん涙で前が見えないよっ』
『えへへ〜』
『ちょっ!寿さん!だからそういうことは止めてくださいっていつも言ってるじゃないですか!』


ニコニコ笑顔のおとやんと嫌がるトッキーの頭を撫でるのに満足したぼくは、改めてお礼を言った。


『うん!二人とも、本当にサンキューベリーマッチョッチョ!れいちゃん感動したよっ』

『俺たちはプレゼント用意できなかったからさ。せめてお祝いの言葉は伝えたいねってトキヤと話してたんだ』
『迷惑はかけられていますが、何だかんだお世話になっているのも事実なので』
『こらトッキー?可愛くないこと言うとまた頭をクシャクシャにしちゃうぞっ』


ぼくはもう一度トッキーに手を伸ばすと、今後はさすがにかわされた。


『んもぅ!トッキーのいけずっ』
『何がですか!…では、私たちはそろそろ戻ります』
『れいちゃんまたね!』
『うんうんっ。二人とも頑張るんだぞっ!』


二人は本当に仕事の合間に来てくれたようで、駆け足でスタジオに戻っていく。
そんな後輩たちの背中を見送り、ぼくも楽屋の中に戻った。


『二人に負けてられないな』


そう呟いて、ぼくはこの後の仕事に向けて気合いを入れた。
するとまた、楽屋のドアがノックされる。


『んー?今度は誰だろう?』


―ガチャ
「寿先輩、お疲れさまですっ」


そこにいたのは、麗(れい)ちゃんだった。


『え?あれ?』
「わ、私も今日、音也くん達と一緒だったので挨拶に伺いました!」


丁寧にお辞儀をしてから顔を上げる麗(れい)ちゃん。
まさかの想い人の登場に、動揺するぼくの心臓。


『え、と。おとやん達と一緒ならスタジオにいなくて大丈夫なの?』
「はい。収録はこれからなんですが、音也くん達が自分達の出番はまだだからって…」
『…もしかして、その間にぼくの所に行っておいでって言われたとか?』


ぼくの言葉にコクリと頷く彼女。うつ向いていて表情は見えないけど、耳まで真っ赤になっていた。

これは、期待しちゃってもいいのかな?


『そっか。それで麗(れい)ちゃんは、どんなご用でぼくの所に来てくれたのかな?』
「あのっ!これ、どうぞっ!」
『わっ!』


すごい勢いでぼくの前に差し出されたのは、お洒落に包装された包みが入った紙袋。


「お誕生日、おめでとうございます!!」


正直、彼女がここにきた時点で期待はしていた。

おとやんが“俺たちは”って言っていたのはこういう意味だったんだな。

でも、何故だろう。
彼女の口から“おめでとう”と聞くと、むず痒いような嬉しいような、それでいて恥ずかしいような…。

ぼく、いい歳してドキドキしてる。


「あ、ああのっ!寿先輩はいつもお洒落だし、何をあげたら喜んでもらえるかわからなかったんですけどっ」
『麗(れい)ちゃん…』
「へ?ぁ、きゃっ!」


ぼくは彼女の腕を引き、楽屋の中に入れ、扉を閉めた。
腕の中には彼女を抱きとめたままで。


「こ、寿せんぱ…」
『ありがとう。最っ高の誕生日だよ』


ぼくは彼女の肩に顔を埋め、抱きしめる力を強める。


『好きだよ』
「え…」
『ぼくは君が好きなんだ』


ぼくは彼女にそう告げてから顔をあげると、麗(れい)ちゃんは顔を真っ赤にして、こちらを見上げていた。

きっと、麗(れい)ちゃんの答えは聞かなくてもわかる。
全身から彼女の気持ちが伝わってくるから。
だけど、ぼくは狡くて意地悪な大人だから、君の口から直接聞きたいんだ。


『麗(れい)ちゃんは?ぼくのこと、どう思ってる?』
「ぇ、わ、私…?」
『やっぱりこんな三枚目キャラの年増アイドルは、君の相手には相応しくない、かな?』


そう、少し拗ねたように言えば、麗(れい)ちゃんはそんなことないと強く否定した。


「寿先輩は優しくて、いつでも周りをよく見ているし、状況判断も的確で。大人で、かっこよくて、私…」
『うん』
「私は…」


ぼくの腕の中で、懸命に想いを伝えようとしてくれる彼女が本当に愛しい。
いつの間に、ぼくはこんなにも彼女に惹かれていたんだろう。


「…好き、です。寿先輩の事がす…、ん…っ」


彼女の想いを受け止めるかのように、ぼくは麗(れい)ちゃんの唇を塞いだ。
たっぷりと愛情を込めて、何度も何度も角度を変えながら、ぼくは彼女の唇を塞ぐ。


「ふ…ぅ、ん…っ」
『っ…んぅ…』
「…はぁ、ことぶ…せん…っん」
『ん…っ、名前…呼んで?』
「え?ぁ…んっ」


ぼくは彼女にキスを与えながら、名前を呼ぶことを強要する。

彼女の先輩は、卒業したい。


「れぃ、じ…せんぱ…」
『ダーメ。ぼくは今日から君の彼氏だよ?名前だけで呼んで?』
「っ!///」


彼女の顔を覗き込むと、酸欠でなのか潤んだ瞳はぼくから目を反らす。


『それとも、ぼくも“後輩ちゃん”って呼んだ方がいいのかな?』
「ぇ、あ…。その…名前が、いいです…」
『うん。だからぼくも、名前で呼んでほしいな?』
「…れいじ…さん」


彼女は首を傾げ、恐る恐るぼくの名を呼ぶ。
全身が彼女に名前を呼ばれただけで、満たされていく。


『ぼくをこんなに幸せにしてくれるのは君だけだよ』


“ありがとう”
そう彼女の耳元で囁いて、ぼくはもう一度、彼女にキスをした――…









End♪

 

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