短編

□恋する瞬間
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気づけば、彼女はいつもそこに居た――…



『おぃっすー!今日も仕事熱心だね、後輩ちゃん』
「うん」
『今回の新曲、すっごくすっごーく良かったよん!れいちゃん気持ち良く歌わせてもらいましたっ。また後輩ちゃんに曲、書いてもらいたいなー』
「ありがとう。気が向いたらね」
『んもー!つれないんだからっ』



彼女は談話室の奥のテーブルに座って、いつも作曲をしている。



『キミ、ここにいたの?』
「藍くん」
『コレ、この間仕事を手伝って貰ったお礼』
「そんな、気にしなくていいのに」
『キミが気にしなくてもボクはするから。そう言えばキミの新曲、聞いたよ。レイジには勿体無いね』
「そうかな?」
『……今度、一緒に』
「?」
『…っ。何でもないよ。それじゃあ、またね』



彼女の周りには、いつも誰かが居る。



『おい』
「蘭丸先輩」
『…ん』
「なんですか、これ?」
『〜〜っ!お前、いつも根詰めすぎなんだよ!これでも食って栄養つけやがれっ!』
「え?あ。行っちゃった…」



いつも、誰かが彼女に話しかける。



『おい、愚民!』
「どうしたんですか?カミュ先輩」
『…なんでもないっ!気にするな!』
「?…変な先輩」



俺は彼女の存在を知らなかった。いや、気づいていなかった。


『翔はさ、いつも談話室で仕事してる女の人、知ってる?』
『談話室で?…あぁ、麗(れい)さんのことか』
「知ってるの?」
『まぁ、俺も知ってるっつーか、藍がよく麗(れい)さんの話するんだよ。あの藍がだぜ?』
「そうなんだ」
『あぁ。年は俺らと変わんねぇらしいけど、ひとつ先輩なんだって。藍たちよりは後輩らしいけどな』


先輩たちが認める作曲家。
気づけば俺も、彼女に興味を持ち始めていた。





『火の魂ボーイの原稿書き上げなきゃな』


俺は今日締め切りの原稿を仕上げようと事務所に向かった。
会議室を借りて、たどり着いた部屋の扉を開く。 すると―…


「あ」
『え…?あっ』


いつも談話室で作業をしているはずの彼女がそこにいた。


「ごめんなさい。もう使用時間過ぎてた?」
『あ、あれ?』


俺は部屋を確認すると、使うはずの部屋は隣だった。


『ごめん!俺が間違えてた!』
「うん。大丈夫だよ」
『……でも君、いつも談話室で作業してるよね?』

「実は今日1日談話室が急に使えなくなっちゃって会議室を借りてたの」
『そう、なんだ』


どうしよう。思わず話しかけちゃったけど…。
あーでも、今まで話したことない奴と話すこともないよね。

俺は、らしくもなく会話をすることに躊躇していると、彼女から話を続けてくれた。


「もしかして緊張してる?」
『へ?ぇ、っと………うん』
「思った通り素直な人だね。私も君と話してみたいって思ってたんだ」


予想外の彼女の言葉に、俺は口を開けたまま呆けてしまった。


「私、変なこと言ったかな?」
『あ、ううん!そうじゃなくて…。俺の事知ってたんだと思って』
「マスターコースを受けてる時からね。たまたま嶺二くんから聴かせてもらった君の歌が私の中にずっと残ってて。それから気になって君を見るようになってたの。それで、いつも元気で周りを笑顔にしている君が、ふと見せる寂しさを混ぜた表情も気になって」
『ぇ…』


まさか、そんな所まで見られていたとは思わなくて、思わずうつ向いてしまった。


「ごめん。もしかして気分悪くさせちゃったかな?」
『あ、違うんだ。そうじゃなくて…』


ただ、俺の事を知っていてくれて嬉しいとか、誰にも気づかれたことのない部分を知られて恥ずかしいとか色んな感情がごちゃ混ぜになった。


「…あのね。もし、今度良かったら私の曲、歌ってもらえないかな?」
『え…。いいの?』
「うん。歌って欲しいです。実は今、書いてる曲は音也くんをイメージしてるんだ」


麗(れい)さんからレコーダーを渡され、少し戸惑いながらイヤホンを両耳につけた。
するとそこから流れる曲に息をのんだ。
アップテンポのメロディから始まり、サビにかけて切ないメロディに。ラストはまた盛り上がっていって…。


『これ…』
「どう、かな?」
『すっごくイイ!俺、歌いたい!この曲聞いてたら元気が出てくるね!』
「良かったぁ。まだ歌詞はつけてないんだけど、一緒に考えてもらえたらなって思って」
『うん!一緒に考えよう!…ってごめん。俺、原稿を今日中に仕上げなくちゃいけなくて』
「そっか。それじゃまた後日、打ち合わせしよ?連絡先教えてもらえる?」
『う、うんっ!』


俺は携帯を取り出して、連絡先を交換した。

携帯を操作する麗(れい)さんの指が、色白で細くて綺麗だなと思った。


「…ん?私の手に何か付いてる?」
『あ。ゴメン!麗(れい)さんの指がキレイで見入ってた』


そう正直な感想を伝えると、麗(れい)さんはバッと自分の手を隠して、顔を真っ赤にさせた。


「なっ…///そ、んなこと言っても何も出ないよ!?」
『ははっ。麗(れい)さんってそんな顔もするんだね』
「ど、どういう意味っ?」
『んー。可愛いなってこと』
「っ〜///」





―…あぁ、そっか。
俺、麗(れい)さんに恋してるんだ。
そう自覚したと同時に、胸の辺りがソワソワするようなワクワクするような気持ちになった。

もっと麗(れい)さんと一緒いたい。
麗(れい)さんと話がしたい。
麗(れい)さんの笑顔をたくさん見たい。
この気持ちを、いつか麗(れい)さんに受け取って欲しい。

そのためにも先ずは……



『…れいちゃん達には負けられないな』
「…?何か言った?」
『ううん。何でもないよ!』




ホント、恋する瞬間は誰にもわからないね。






End♪

 

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