短編
□君の温もり
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―ピピピ、ピピピ、ピピピ
『…ごほっ…どう、だった?』
「39.6゚です。完っ璧に風邪引いたね」
『う゛ー。今日の仕事は…』
「お休みです!まったく…。体調管理が出来てないアイドルさんは今日1日ゆっくり休んでて下さい」
『…すみません』
ベッドの上で上体を起こしていた音也は返事をすると、大人しく布団の中に潜る。
「もぅ。自分の限界をちゃんと分からないとダメだよ?」
『うん』
「まぁ、デビューしたばかりで無理しちゃいがちなのも分かるけど…」
音也は一生懸命アイドルを、歌を唄うことを楽しんでいる。
もちろん芸能界は楽しいだけじゃなくて辛いこと、苦しこと、理不尽な事だってある。
けど、音也はそれをバネにして乗り越える力があるのだ。
私はそんな音也を尊敬してるし、凄いって思う。
「身体はひとつしかないんだからね?休むのも仕事の内だよ」
『うん。ゴメンね、心配かけて』
「べ、別に心配してるわけじゃっ」
『へへ。麗(れい)、だいすきだよ』
「なっ///」
音也はそれだけ言うと、瞼を閉じた。
なんだかんだ言っても、体調が悪い事には変わりはないんだ。
「はぁ。余計な事は言わなくていいから、ちゃんと休んでよね」
何て言いながらも、そう言われて“嬉しい”なんて思う自分もいるわけで。
でも、今は目の前にいる彼が少しでも元気になるように。
次に起きたときには消化の良いものを食べさせてあげよう。
私は音也の額に新しい濡れタオルを乗せ、台所に向かった。
『……ぇ。……きて』
「……ん」
『……きて。起きてよ麗(れい)』
「ぅ…ん?」
『麗(れい)ー?起きないとキスしちゃうよ?』
頬にちゅっという音がしたので、寝ぼけていた目を覚ます。
音也の看病をしている内にベッドの端で顔をうつ伏せに寝ていたらしい。
「あ、あれ?私、寝てた…?」
『うん。そうみたい』
「音、也?……熱は?何か必要なものある?」
『下がったよ。少しダルい感じは残ってるけどね。でも、汗かいたから着替えたいかな』
「わかった。着替え、ここのクローゼットの中だよね?」
寝ぼけていた頭を覚醒させ、音也の着替えを用意する。
Tシャツに短パン、一応下着も渡すと音也は笑顔のまま私にそれを返してきた。
「……はい?」
『着替え。手伝って欲しいなぁ』
「いやいや。熱下がったんだよね?着替え自分で出来るでしょ?」
『でもまだ身体だるいし。汗もかいたから背中拭いて欲しいんだ。俺、今日は病人だし、必要なものはお願いしていいんだよね?』
天使のような笑顔で悪魔のような事を言う音也。
私に“はい!”っと渡してきたのはハンドタオル。
え。自分でタオル用意してたんじゃん?確信犯かこのやろ。
しかし、確かに今日の音也は病人だ。
仕方なく渡されたタオルを受け取り、音也の背後にまわる。
「じゃあ、背中拭くからシャツ脱いでくれる?」
『脱がしてくれないの?』
「そ、それくらいは出来るでしょ!」
『なーんだ。残念』
なんなの?熱が出たから頭のネジが緩くなってるの?
自分の中で問答を繰り返している内に、シャツを脱いだ音也がこちらを振り向く。
『麗(れい)??拭いてくれないの?』
「え?あぁ、ごめん」
私は渡されたタオルで音也の背中を拭く。
…なんていうか。病人の背中とは言え、明るい所で音也の裸を見るのは初めてでして。
正直、目のやり場に困る。
程よい筋肉がついている背筋に小さな何かで引っ掻いた様な痕があった。
「音也?ここに何か、傷?みたいな痕がついてるけど…」
『傷?……あぁ。それつけたの麗(れい)だよ?』
「へ?私?」
『そうだよー。覚えてないの?3日前に君が…』
「っ!?それ以上はいわないでぇぇ!」
『どうして?だってこれは麗(れい)が俺に抱きついてきて…』
「言うなっつってんの!」
『いてっ!』
私は音也の頭を思いきり叩いた。だって恥ずかしい事を悪びれなく言う方が悪いんだから。
『ごめん!ごめん!君の反応が可愛いくて、つい』
「それとこれとは関係ないでしょ!着替えたらリビングに来てよ!」
ゴシゴシと音也の背中を思いきり拭いてから、シャツを投げつける。
笑顔で返事をした音也に私は顔を赤くしながら、リビングに向かった。
『あ!お粥だー』
「卵粥にしてみたんだけど、食べれるよね?」
『うん!ありがとう!』
本当に嬉しそうに笑う音也に私も笑顔になる。
やっぱり音也には笑顔が似合うなぁ。
…さっきみたいな変な事がなければ。
“いただきまーす”と音也がお粥を食べている間に私はキッチンに向かう。
もし音也が元気になったらと思って買っておいたリンゴの皮を剥く。
「はいこれ。食べられる?」
『あ。リンゴだ!しかもウサギになってるっ』
「今日は水分しか取ってなかったしね」
『へへ。今日の麗(れい)は優しいなぁ』
「“今日の”って何よ。一言多い」
『でも本当に嬉しいよ。こういう時って一人でいるとやっぱり寂しいしね』
「…そうだね」
音也には両親がいない。
施設で育った彼は本当の親に看病をしてもらったことがないのだ。
“みんなが居たから寂しくなかったよ”と施設に居たときの事を話すけれど、それでも無性に人恋しくなったことだってあると思う。
施設にいれば皆、平等。ましてや年長になれば我慢をしなくちゃいけない時もある。
きっと、音也は“自分だけに向けられる愛情”に飢えているんじゃないかと、一緒にいる内に私は感じる様になった。
『麗(れい)』
「え?」
『眉間に皺が寄ってトキヤみたいになってる』
「ほんとっ!?」
慌てて眉間の皺を伸ばす、ってトキヤに失礼か。
すると音也は食べ終わった器にレンゲを置いて、私を見つめてきた。
「な、なに?」
『幸せだなーって思ってさ』
「?」
『麗(れい)が傍に居てくれること。笑ってくれること。俺のことを好きで居てくれること』
「…うん」
笑顔でそう言うのに、音也の声音がどこか寂しい。
『俺さ、世の中には当たり前な事を当たり前だって思えることほど幸せな事ってないと思うんだ』
「……」
『だから、さ。たまに麗(れい)が急にいなくなるんじゃないかって思うときがある』
「そんなこと…っ」
『無いって分かってるよ。だけど、なんでかな。…うん。自信がないのかも』
「自信…?」
『大事なものをいつか無くしてしまうかもしれないという不安。勿論、俺は手離すつもりは全くないけど、それでも俺の知らないところで何かあったら?…ふとした時にそんな事まで考えちゃうんだ』
「音也…」
今は笑顔で明るく振る舞っているけれど、音也の心には深い傷となっているんだ。
私は何も考えずに、ただ音也を抱き締めた。
『っ!』
「私はいなくならない」
『麗(れい)…』
「私は絶対に離れないよ。もし、私に何かあっても……信じてる。音也が私を迎えに来てくれるって」
『……ありがとう』
少し震えた声で、音也は私をきつく抱きしめた。
君の温もりに、優しさに。
私は何度も助けてもらった。
今度は私の温もりで、貴方の心が晴れます様に。
どうか忘れないで。
私は貴方を、
愛してるから。
End♪