弟俺

□愛にさらわれて。
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いつからだろう。


「十堂君ってぇ、かっこいいよねぇ。」
「そうかい?」
慣れた口ぶりで目も見ずに薄く笑う、
そいつがむかつくようになったのは。


―いつからだろう。


「彼女とかいるの?」

部室の前で話すなよ。
もう遅いんだから早く帰れ。
出るに出れないだろ?


「いないよ。」



意識するようになったのは。




「じゃあー…、好きな子。とか?」


練習の時に結わいていた髪をほどくと
囲む女達より綺麗な髪。


「……。」

「十堂君?」
「…………いるよ。」



苦笑いに似た笑みだった。
苦しそうなのに隠して。


聞き耳を立てていた俺は
悲しくてつらくなって。


どうしてかわからないけど、
泣きたくなった。



「じゃあ、俺そろそろ鍵しめて帰るから。」

気を遣ってわざわざ
誰よりも早く着替えてから
外で女達の相手。



「あっ、十堂君!」
「なんだい?」

部室のドアノブに手をかけようとしていたであろう
距離の近さから
遠ざかるのがわかる。

「これ!クッキーなの…。よかったら。」
「…ありがとう。」



それだけ言って去っていったらしい。


少し遠くから
「ぬけがけぇー。」
とか
「ずるいー。」
とか言う声が聞こえる。




ガチャ。




「あれ。
……オノ。」


気まずそうに言うのがまた

すっげームカついて。



「…いちゃ悪いんですか。」
「てっきり帰ったと思ったんだよ。」


荷物をまとめて軽く辺りを見回し
部室の点検を済ませると、
ヤツは俺のすぐ隣に腰を下ろした。




「なんだよっ…。」
「うん……。」



いつになくしんみりしていて。
あれ、ちょっと可愛いかもとか思って。


「このクッキー食べるかい?」
「…はぁ!?」

「やっぱり彼女達に悪いかね?」
「悪いどころじゃねぇだろ…。」




「俺、好きな子いるのにさ。」



あ、そっちの意味か。
そう気がついて。


また、ちくっと痛む。



「…誰なんだよ。」
「ん?」




主将。
頼れる1番。
安心の守備。
定評のある走塁。


でも、それだけかよ?
俺の中の感情。




「そんなの、オノしかいないじゃないか。」



俺は。





  の
     人
       が

          好
            き

              だ
                。




「なっ、んだよ!
んで、そんな冷静なんだよ!」

「そうかねぇ…。」



そう言って
視線は外したまま、

俺の手を握った。



「なっ…、」
「熱いだろ…?」



暗闇に映る月。
明りに照らされて。

「緊張…、だよ。
この俺が。」


笑っちゃうだろ?
なんて可愛く笑うから。



「…俺も好きですよ……。」


思わず素直に言っちゃって。



「よかった。」



これが恋だと。

そう言うなら。







「これが溺れるってことか…。」
「なんか言ったかい?」


女みたいな大きな目。
細い身体。


「なんでもねぇよ!」




―溺れてみようじゃないか。

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