島準

□声で名前を
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中学1年・春。











…―気が付いたら、
夜だった。












「……た、お…ろ。」




俺を呼ぶ声がする。

どこからかはわからないけど、

すごく遠いようで
すぐ近くのようで。




「おい、起きろ。」

「ッ!」




目が覚めて
あぁ寝てたんだ、
そう気付くまで数秒。



隣の人影に気付くまで一瞬。





「慎吾さん。」

「お前どうしてこんな時間に、」



こんな時間。




そう言われて窓の外を見る。


真っ暗。





目の前にかかっている時計は
9時―つまり21時を示している。




「やべ。」


携帯を見ると
着信履歴が親ばかり。

部活終わり、日誌を書いていたら
そのまま寝てしまったらしい。







「慎吾さんこそ、
私服でどうしました?」




島崎慎吾。

俺の1個上の先輩である。






「部室に忘れもん。
家に帰ってから気付いたから。」



だからって
私服で来ちゃいけないと思う。




この先輩は、
初めて会った時から
変だと思っていた。







女たらしだって聞くのに

純粋な一途だと聞き、


野球が好きなクセに
サボり癖が抜けない。






だけどプレーが上手くて、


尊敬したいのに素直に敬えない。








「お前……、
たしかピッチャーだよな?」


ロッカーを開けながら
慎吾さんは言う。



「はい。」




俺も日誌を片付けて言う。








バッティングピッチャーくらい
さすがに見てるか。


この人の時は
本気で、かなり一生懸命投げる。

それでも
顔色ひとつ変えずに
大きなアタリを打つ。




それがムカついて精一杯投げる。


でも。






「あ、そだ。
最近足調子悪い?」


「へっ?いや…はい。
少し。」



不意打ちに
大きく心臓を射たれた。




誰にも言ってないのに。

右足首の痛み。



「踏み込み、
安定してなかっただろ?」



「あぁ…、はい。」












―慎吾さんは
極端に人を覚えない。



名前も、顔も。




だから
バッピーとして
知られてるだけでも
すごく嬉しかった。







「さて、
部室閉めといてやるから
早く帰れよ?」



俺の目の前にあった鍵を持つ。
そして日誌を奪い取る。


「これも監督のデスク
置いとくから。」



「いやでも…、
そこまでしてもらうのは…。」



慌てて奪い取ろうとしても
軽く避けられてしまう。


「お前、最近上手くなったよ。」


「はい?」




「努力してんの、
わかるよ。」







一瞬、

慎吾さんが言ったと思えなかった。





「あーっと
お前名前なんだっけ。」


「………高瀬です。」








やっぱり
名前覚えてもらえてなかった、
そう思った。

ちょっとチクッときた。









「じゃな、」





「したっ。」














だけど俺は知っている。













準太、起きろ。












ちゃんと聞こえたから。






覚えてくれていたから。














この気持ちに気付いてしまうかもしれない―……

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