ハルアベ

□ただ好きだから。
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自覚してしまったら、
本当にタチが悪い。


と思った。





まるで低いティンパニが響くように。


心に切り口を作るから。






「隆也。」



あなたのその声が。





「……うす。」




最近元希さんは迎えにくる。
頼んでもないけど、嫌でもない。




元希さんと一緒にいるのは
どこか
深い海にいるような空気を想像させる。





「元希さんはどうして来るんですか。」



「会いたいから。」



いつものように
また、笑う。



練習で疲れて

(元希さんも疲れて、)



また会って


(会いに来て)




「……今日も…するんですか?」


「もちろん。」



いつものお決まり。



キスをして、それから。







「どうして、こんなことするんですか。」




キスの寸前、
目を開けたままの元希さんと

ぴったり目が合う。



「……嫌かよ。」



気まずそうに言われると
何も言えなくなる。




暗い路地。
元希さんの家に向かう、道。


切れかけの電灯。




元希さんの表情に、ためらう。




「悪い。」


目をそらすとうつむく。




「もうしねぇから。」






こんな元希さんを見るのは初めて。

こんな気持ちを持つのも初めて。






「元希さん。」




今度は俺から。

持っていた荷物を置いて。

近付いて、目を見つめる。





「好きです。」




ぱっと目が見開かれて
初めて俺が目の前に現れたよう。






「……あ、…隆也…。」


「だからからかわないでください。」





依然驚いたままの元希さん。

子供みたいに目をぱちぱち。





「帰ります。」



「……隆也!」



歩き出したところで腕を掴まれる。




「なんですか、離してください。」

無理矢理手をほどこうとしても
びくともしない。



「からかわないでください!」



「俺は真剣だ!」





その一言で振り返る。

元希さんが見つめる。
元希さんを見つめる。





その一瞬で思っていることは一緒で。







「隆也が好きだよ。」









自覚してしまったら、
本当にタチが悪い。




「好きじゃなかったら、…しねぇよ。」





照れた顔を見て、こんなにも愛しい。




「……わかったかよ。」


少しうつむき気味。

さらっと髪が揺れて
シャンプーの香りが舞う。




「……まぁ。」



思わず笑う。

それを元希さんに見られて
また照れて。




路地の塀に迫られて身動きできない。


「昔とかわんねぇ、生意気。」






そう言ってキスをする。



いつもと違う。

そう感じたのは俺だけ?







「また、明日来るからよ。」














理由はもうわかってる。






ただ、好きなだけだから―

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