Novel:side 忍
□仮面と月と
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素顔を知られるのが恐怖に変わったのは、いつだったか。
一流の忍者を目指して勉強する以上、穏やかな生活を送れるはずもない。学園での生活がある種、異常だった。
毎日が平和で、だが頻繁に事件に巻き込まれる。それでも、先生たちや他のクラスメートたち、後輩たちと協力して、それこそ国一つを守るような大それた事までしてきた。
それでも、血生臭い合戦や世襲争いとは無縁で、最後には笑っていられる日々だった。
一流の忍者ということは、血生臭い合戦とドス黒い政策の間を縫い、情報を奪い、重要人物を殺し、主を血生臭い椅子の上に乗せる礎となる、ということ。
いつ、自分が死んでもおかしくない日常を送るということだ。
親友たちの死を見ることより
も、親友たちに死を晒すことに恐怖を覚えた。
変装の下に、自分を隠していれば、己が死んだ時に誰にも気付かれず一人で死ねる。
そのために、素顔を隠して生活し、卒業した。
だというのに――
「情けないなー」
何を今更、と。
空には星、視界には闇、足元は木の枝。上弦の月はとうに沈み、僅かな星の瞬きのみが光源である。烏のように闇に紛れ、ムササビのように音もなく、風のような存在感で樹海を駆ける影があった。
三郎は、逃げていた。敵国と、その忍者隊から。
即ち、親友・不破雷蔵の追撃から逃げていた。
親友と戦うことへの躊躇か、卒業以来忍務の完遂率が完璧だったという驕りからか。つまりは忍務に失敗した。
右腕を負傷してはいたが、逃げ切ることは出来る。だが、敵国の密書を奪取せよという、依頼主の依頼は果たせていない。
追っ手から逃げたとて、依頼主が赦さないだろう。
結局、逃げても逃げなくても殺されるのだ。