成年編
□in D.C
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不動明王&吹雪士郎、一之瀬一哉
「Shiro, Kazuya' s coming!」
「I've got it!」
グラウンドでの練習が終わり着替えていた騒々しい更衣室でマネージャーに大声で呼ばれて返事をしておいた。
Kazuya= 一之瀬一哉
Wフィールドの魔術師Wと呼ばれるほど身のこなしが軽く、鮮やかな技が持ち味だ。
彼はもうMLSで活躍中の有名人、そして僕の友達。彼も練習日のはずだけど休暇でも取ったのかな?
何かあったのかと着替えもそこそこにコンフェレンスルームの戸を覗くように開けた。
「一哉?」
「よっ! 久しぶり!」
「久しぶり。どうしたの……ん?」
変装した一哉の後ろにもう一人、足を組んで腰掛けていた人物が立ち上がった。
「よぉ、シロ♭」
それは紛れもなく、イタリアにいるはずの………僕の大好きな人………
「アキ*」
黒鳶色の長髪、やんちゃな笑顔、不思議な佇まい
一哉にハグをしてから、彼にも愛しいハグをする。
懐かしいアキの匂いにほっとして……
一哉がいるから堪えるけれど、うっすらと瞳を濡らしてしまう。
『泣くなよ』と冷やかす、肩に置かれた一哉の手に『泣いてないよ』と強がりを言ってしまうんだ。
アキに会うのは2ヶ月ぶり、くらいかな。
卒業してすぐにアキはヨーロッパへ旅立って、それ以来だからね……
「場所がわからなくてな、こいつに案内してもらった」
「そっか、ありがとう」
「これくらいなんてことないさ。じゃ、俺は帰るよ。秋が来ているんだ」
帰るよと言ったのは一哉。
実は今、恋人の秋さんが日本から来ているんだって。雷門中学サッカー部でマネージャーをしていた木野秋さんだ。
お互い恋人が "あき" なんだ*
一哉の後ろ姿を見送ると、愛しい人の顔を見る。
静かに笑んでくれる姿に何とも言えない優しさが溢れていて、人が見ていないのを確認してから
抱き合って深めのキスをして喜びを贈った。
これから君との時間が過ごせるのかと思うと、練習の疲れも吹っ飛んだのが分かるんだ。
「よく来てくれたね。嬉しいよ*」
「あぁ、ちょっとお前の顔が見たくなってな」
「ちょっとで来る距離じゃないよね。なにかあった?」
「ククッ…♭ お前は昔っから…」
「なんだよ……」
「なんでもね〜よ」
アキは今、キャプテン・鬼道くん・染岡くんのいるイタリアを拠点にあちこちフラフラと出かけてサッカー修業をしているんだ。
『サッカー修行ってどんな修行だよ』って聞いた事があった。
『道場破り。それよりもさ、町でボール蹴ってると子供達が寄って来て騒がせるのがおもしろい♭
偶に、騒ぎに混じって無名のプレイヤーに会うんだけどさ、それが天才的だったり独創的でいいんだよ。
ただ、金がなかったり、不運だったり、そんな奴らがごまんといるんだ。会わなきゃ損でしょ♭』
アキらしいと思った。お金や身分、貧富に囚われたくないんだ。
君が幼い頃に背負った経験からではなくて、君が生まれ持った心がそう生きたいんだよね。
そんな不動明王らしく生きている君が大好きなんだ*
僕はといえば、雪崩に巻き込まれる直前にアツヤと約束した 『世界へ』を追って、彼が好きだったアメリカに渡った。
メジャーに向けてがむしゃらに楽しくやってきたつもりだったけれど、大好きな二人と離れて暮らして
やっぱり淋しい気持ちは隠せないんだな。
目の前にすると、触れたくて仕方がないんだ……
「帰る準備してくるから、ここで待っててね」
「あ、…シロ、すまない2〜3日休み取れないか?」
何か………あるね。
苦しいものを抱えているのかもしれない。『聞いてみるよ*』と僕は普通を装って部屋を出た。
何か思い詰めた感じに不安が募る。
マネージャーに聞いてみると、2日間ならと結構快くOKしてくれた。
**********
僕は、吹雪士郎。
ここアメリカ ワシントンにあるサッカーグラウンドでメジャーに向けてここで練習を積み重ねている。
アキは僕の恋人で、名前は不動明王。
イタリアにいたはずなんだけど、今日は何か思うところがあってここに来たみたい。
僕にはもう一人恋人がいて、名前は吉良ヒロト。彼は日本で社長見習い兼下積みをしているんだ。
遠距離で不思議な三人だけどうまくいっていると思うよ。僕がそう思っているだけかもしれないけれどね……
そもそも3人なんて歪な関係なんだ。いつ壊れてもおかしくはない。
それでも、会えた嬉しさで軽い体を滑らせるように着替えと後片付けを済ませ、もう一度アキの元へ向かった。
「おまたせ* 二日間休んでいいって」
「お、さすが有名人」
「有名人じゃないけど、日本の記者がいたからとりあえずね」
「しっかし変装すると子供っ気が増すな♭」
「はは* こないだもデパートで飛鳥を探してキョロキョロしてたら『ボク、迷子?』って声をかけられちゃったんだ」
「フッ、気をつけろよ?」
「だから、子供じゃないって…」
嬉しいな、アキが僕のそばにいる。触りたくなってもう一度彼の腰に腕を回した。
アキも僕の頭を包んでくれる。
暖ったかいな………
「ここで一戦交えるか?」
「biatch」
「……いいねぇ♭」
「*」
君が大好きだと腕に想いを込めた。
君とヒロと、ずっと一緒にいられたら僕はどんなに幸せか。
さっきの苦しげな笑顔は何だったのだろう……もしかしたら別れ話でもしに来たのかもしれない。
そう、覚悟をしておいた方がいいかもしれないと心に置いた。