世界の中で、あなただけが

□笑顔も涙も見つめてきた
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何故か俺にしか姿が見えない(ああ違う、動物達にも見えたか)不思議な少女、ティアと出会ってから、俺は毎日のようにあの森に足を運んでいた。

することといっても、ティアの歌を聞いたり、動物達と戯れるティアを眺めたり(時々一緒に遊ばないかと誘われるが、正直どうしたらいいかわからなくて少し戸惑う)、ただたんに昼寝をするだけだったり……まあいろいろ。

ティアと一緒にいるのは嫌じゃない。
むしろ楽しいと、ずっと一緒にいたいとすら思ってしまう。
それに俺自身が戸惑いながらも、やっぱり今日もティアに会いに俺は森に向かう。

「お?なんだマスルールじゃないか!」

「……シンさん?」

ふと嗅ぎ慣れたいろんな香の混ざった独特の香りがすると思ったら、案の定シンさんがこっちに向かって歩いてきた。

「マスルール、また鍛練をサボってるのか?」

「……はあ」

仕事をサボって部屋から抜け出すシンさんには言われたくないが……まあ事実だし反論はしない。

「何処かに行くのか?」

「…………森に」

そう答えたら「森?」と不思議そうな顔をしながら何やら考え始めたシンさん。
この人が考えていることは俺にはわからない。だから考えないが、そろそろティアと約束した時間だから行きたいんだが……。

「マスルール」

「………はい」

もうほっといて行ってしまおうか。そう考えていた時名前を呼ばれて目線をシンさんに戻した。

「ここ最近ずっと森に通っていると聞いたんだが」

「………はあ」

ジャーファルさんだろうか?確かに森にいる俺を呼びに(ついでに説教しに)くるし、シンさんに話が伝わっていても不思議じゃないが……シンさんがやけに真剣な顔をしているのに訝しんだ。

「森で何をしているんだ?」

「……………。」

人に会っているとは言えない。
だってティアは俺以外の人間の目には映らないから。
そんなことを言っても何馬鹿なこと言っているんだとか、いるわけがないと言われるのがオチだ。
それくらい自分自身がわかっていた。だからジャーファルさんにだって理由は話していない。

だけどそこでハッと気づいた。もしかしたらシンさんなら見えるんじゃないだろうか?
7人のジンを従え、魔力も桁違いにあるシンさんになら………。

「 ? どうしたマスルール。そんなにじっと見て」

「いや、あの……シンさん、今暇っスか?」

「ああ!もちろんだとも!」

「……………。」

ああ嘘だ。絶対嘘に決まってる。
爽やかな笑顔を浮かべてさも当然のように言っているが、こういう時のシンさんはたいてい仕事が嫌になって部屋から逃げ出してるから嫌でもわかってしまう。

暫く無言でシンさんを見るが、シンさんの笑顔が崩れることはない。

「(ジャーファルさんには悪いけど……)」

脱走したシンを見つけたら何があっても捕まえてください!……と般若の形相で言われているが、今回だけはそれを聞けそうにない。

「(ティアについて何かわかるかもしれない)」

ティアのことは俺はもちろんのこと、ティア自身もわからないことが多い。
ティアは何も知らない。純粋で素直で、だけどそれ故にひどく危うくて…儚くて、消えてしまいそうで。
だから俺はティアを繋ぎ留めるために、知るために何かしたい。何かせずにはいられない。

「……シンさん。シンさんに話したいことがあります」

「ああ、聞こう。マスルール、お前の話を」

こういう時、シンさんはやっぱりすごいと思う。
俺の短い言葉から何が言いたいのか、伝えたいのかちゃんと理解してくれる。
何もかも見透かしたような琥珀色の瞳はまるで俺が何を話そうとしているのか既にわかっているようだった。

俺は無言でひとつ礼をして、ティアが待つ森へ行く道すがら、シンさんに事の次第を話した。

「姿が見えない少女か……。それは魔法か?」

「いや…それは少し違うと思います。魔法だったら俺にだって見えないはずですし」

やっぱりよくわからない。だから見た方が早いと言えばシンさんもそうだなと笑った。

そしていつもの場所に来れば、ティアは既に来ていて動物達と楽しそうにおしゃべりをしていた。

「ティア」

「あっ!マスルールさん!……と、だーれ?」

ジャーファルお兄ちゃんじゃないね、とティアはシンさんを見て首を傾げていた。

そんなティアに近寄って隣に立ち、シンさんを振り返った。

「……シンさんの目には、何が見えていますか?」

そう尋ねた俺は緊張していて、無意識に拳を握りしめていた。

シンさんはこちらをじっと見つめた後、目を閉じて小さく頭を横に振った。

「マスルール……俺にはお前が言う少女の姿は見えないよ」

「(ああ、やっぱり……)」

期待が泡のように弾け飛ぶ。だが心の内では何故か安堵する己がいて、ひどく戸惑った。

「だが、」

そう続けられた言葉にハッとしてシンさんを見れば、またあの琥珀色の瞳で俺を……いや、正確には俺の隣を…ティアを見ていた。

「少女の姿は見えないが、俺には別のものが見えている」

「………?」

俺と同じように首を傾げたティアを指差しながらシンさんは話を続ける。

「俺には、光の玉のようなものが見える」

「光の玉……?」

ちょうどこの辺り……と近づいたシンさんは腰を折って手を伸ばす。
それがちょうどティアの胸元辺りで、俺はついパシリとその手を払いのけた。

「マスルール?」

「すみません、つい」

「 ? 」

シンさんとティアが首を傾げるのを無視して、話の続きを促す。シンさんは気を取り直すと話を続けた。

「この光の輝き…力…これはルフに近いな」

シンさんがそう言い、更に話を続けようとした時、背後の茂みがガサリと音を立てた。

「マスルール……と、シン!?何で貴方が此処にいるんですか?」

「ゲッ!ジャーファル……。いや、これはだな……」

「シン!貴方また仕事をサボって逃げ出しましたね!?」

ジャーファルさんに見つかったシンさんは言い訳する暇なくジャーファルさんの眷属器に縛られてしまった。

「マ、マスルールっ!」

「マスルール、言うこと聞く必要はないですよ」

……これは、ジャーファルさんの言うことを聞いた方がよさそうだな……。

シンさんが何やら喚いているが無言を呈し、引きずられていくシンさん(と鬼の形相で引きずるジャーファルさん)を見送った。

「ティア」

「っ!!……な、なに?」

「………泣いてる」

しゃがみ込み、ティアの頬を伝う涙をそっと拭った。

「………やっぱり、わたしのこと見えないんだね……そうだよね……」

「ティア……」

ティアの長い金髪がその表情を隠してしまう。
それが何だか悲しくて、俺はティアを抱き上げた。

「 !? マ、マスルール…さん?」

「……大丈夫だ」

驚いた表情のティアを見上げて俺はほんの小さく…笑った。

「ジャーファルさんも、シンさんも、誰がティアを見えなくたって、俺が見えてる」

「っ………、うん」

「俺はちゃんと見えてる。聞こえてる。ティアが此処にいるってわかってる」

「……うん、うんっ……!」

「……だから、泣くな」

泣くな。お前が泣くと、どうしてだか俺も悲しくなるから。悲しいなんて気持ち、ずいぶんと忘れていた。

ティアには泣いてほしくない。悲しんでほしくない。

「ティア……笑ってくれ」

お前には、涙よりも笑顔の方がいい。

そう言葉にすれば、ティアはポロリと涙を流した後、満面の笑みで笑ってくれた。










笑顔も涙も見つめてきた

どんな表情(カオ)でも俺は見ていたい。
どんなティアでも、その目に焼き付けたい。





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