青薔薇の園 (実写07)
□騒がしい、いつもの始まり
1ページ/1ページ
――ジリリリリリリッ!
とある日の朝、いつもと変わらない、いつもと同じ一日の始まりが告げられた。
バシリと少々乱暴に目覚ましを止め、きっちり定刻通りに起きたこの家の住人の一人――翼・天凱――は、気だるげに寝ていたソファから身を起こした。
「(昨日は飲みすぎた…。)」
まだ若干酒が体に残っているのと軽い二日酔いとで、ぐでんとソファにもたれかかった。
今度からはもっと考えて飲もう。
――そう思ったのはこれで何回目か――は神のみぞ知る。
「あ゛ー…。」
変な体勢で寝ていたおかげですっかり固まってしまった首やら肩などをゴキャゴキャ不穏な音を鳴らしながら解した。
家のリビングで不穏な音が鳴り響く中、窓の外からは可愛らしい鳥達の澄んださえずる声が聞こえてきた。
背もたれに頭を預ける形で、窓の外を見つめた。
逆さまに見える世界には、いつもの庭先といつもの空、毎日遊びに来てくれる鳥達…そんないつもの朝の景色が広がっていた。
夏前でまだ涼しい朝の時間、少し冷えているが澄んだ空気と、何処までも青く美しい空は、二日酔いで倦怠感の半端無い翼の体を少しだけ癒してくれた。
「(平和だ…。)」
空一面の青がとても心地良い。
これで二日酔いでなければ完璧だったのだが。
グッと背伸びをしながら欠伸を零した。
ちらりと時計を見やれば、針はある数字を差していた。
「…起こすか。」
「どっこらせ。」と、爺のように重い腰を上げた。
奴――我が家の長女であり自分の妹である少女、のぞみ・天凱――を既定の時間に起こすことは、彼が負っている大変重要な任務である。失敗すれば――お察しの通り彼女はもれなく撃沈し、ついでに両親にシバかれる(あと彼女を起こせなかったこちらにも火の粉が飛んでくる)。
この家には両親2人とその娘、そして彼を含めた4人の家族がいる。
しかし両親の方は、今日の夕方まで出張で居ない(ちなみに彼が酒を飲み散らかした原因はこれである)。そのため、その間家事はもとよりその他もろもろの事は全て翼に任せられていたのだ。
その内の第一の使命は、普段から任務として就いている、ベッドの中で蠢く何かもといのぞみを起こしに行くこと…目覚ましが鳴ろうが何だろうが、朝はとにかく何があってもほぼ確実に自力で起きれない彼女が毎日遅刻せずに済んでいるのは、彼のお蔭であることは言うまでもない。
――もっとも、その起こし方は"悪魔"の名に恥じないような相応しいものなのだが。
己の身に迫り来る危機のことを彼女はまだ知る由も無い。
どーせまだ寝てるんだろうなー、と今日はどうやって叩き起こしてやろうかと策を練りながら、2階へと続く階段を上って行った。
凶悪な笑みを浮かべているように見えるのは、きっと何かの見間違い、気のせいだろう。
「こいつは…。」
とりあえず半分以上予想通りだった目の前に広がる光景に、翼は悩ましそうに頭をかかえた。
お前昨日寝たの今から10時間以上前じゃなかったかオイ。
出来れば裏切っていて欲しかった期待を裏切らず、しっかりとベッドの中で大爆睡していたのぞみに、本当こいつは冬眠中の熊か何かかと思った。
「のぞみ起きろ、朝だぞ。」
「んー…。」
「遅刻するぞ。」
「んー……。」
「オイ、そのまま寝て二度寝とか止めろよな。」
「ん………。」
「コラこの冬眠熊、聞いてるのか。」
「…………。」
「……。」
揺すっても起きようとせず、果てはズレた掛布団を頭まで掛け直して、言っている傍から二度寝しやがった目の前の"物体"にしばし沈黙した。
数瞬後、何の躊躇いもなくベリッと掛布団をふんだくった。
「オラァ起きろ!」
「んー…や! 」
引きはがされた掛布団の端を掴み奪い返そうとするのぞみに「“や!”じゃねえよ!」と叫び、無理矢理その手を引っぺがそうと奮闘する。
しかしなかなか離れない。
チッ、手強いな…。
内心毒づきながら、“最後の手段”を使うことにした。
「悪あがきするな。でないとジャイアントスイング後に窓の外に放り投げる。 」
「!?」
ガシリと両足を引っ掴みぶん回そうとしたら、途端ガバアッ!という効果音がピッタリな凄い勢いで飛び起きた。
無理もない、何故なら彼は冗談でも何でもなく本気(マジ)だからだ。
少し前、今回と同じような状況で同じような事を言われた時に、冗談だろうと思っていたことをこの悪魔は本当に言葉通りに実行してきやがったのだ(死ぬかと思った:のぞみ談)。
前回はジャイアントスイングだけだったが、今回は放り投げられるオマケ付き。
溜まったもんじゃない!と恐怖するのはいやはや仕方ないことである。
ただ、こんな殺人まがいな起こし方をして来やがっても、なんやかんやで手加減をしてくれている(はず)ので、永遠にGOOD NIGHT☆だなんてことは無い。一応、みじん切りから更に細切れにしたような優しさはあるようである。
ぶん回すのも放り投げようとするのも、全ては彼女を思ってのこと(やられる側からしたらいい迷惑だが)、彼女のためにやっていることなので、全くもってこれ以上ないと言うくらい何の問題もないのだ!…彼が言うには。
荒い呼吸をする彼女を、「やっと起きたか。」と軽く小突いた彼は、作戦通り、と中々に凶悪な笑みを浮かべた。
「だ、だって、起きないと、お前に、こ、殺される…。」
「人聞きの悪い。半殺しの間違いだろ。 」
「半分は殺してんじゃねえか! 」
「まあな。ほらさっさと顔洗え。」
「軽く流すなよ、少しは加減しろこのハゲ!」
「てめえ誰がハゲだ窓の外に投げ飛ば「ごめんなさい!!」分かれば良い。」
今度は体を担がれた。
こいつマジで殺す気かこの野朗…!
若干恨みの念を抱いたのぞみだったが、何か言ったら今度こそアンパンヒーローアニメに出てくる敵キャラ如くに宙を舞うことになりそうなので、仕方なく出掛かった言葉を飲み込んだ。
「オラさっさと準備しろ、遅刻するぞ。」
「うぇええい…。」
「さっきの元気はどうした。ちんたらしてるとジャイ…。」
「ぎゃあああ!?」
聞き覚えのある不吉な単語が聞こえた瞬間朝一の悲鳴を上げ、ばびゅんッ!と光の速さで洗面所に向かった。
途中廊下からズデン!と転んだような音と共に「痛ってえ!」と短い悲鳴も聞こえてきたが、多分大丈夫だろうと気にしない事にした。
ベッドメイクもせず(出来るような状況では無かったが)下の階へ転げ落ちていった彼女はさておいて、やれやれ、やっと1つ仕事が終わったかと1つ息を零した。
しかしまだ仕事は終わらない、次は朝食と弁当の準備が待っている。
どんなのを作ってやろう。
――そして以前、のぞみと母親の3人で一緒に焼き菓子なるものを作ってみたら、自分のものだけ何か黒い固まり(墨)として生成されたことを思い出した。
人が口にしても大丈夫な安全性のあるものを作るよう徹したいと思う(とりあえず、朝食には失敗しなさそうなトーストとスープ、目玉焼き、ソーセージというかなりノーマルなアメリカン朝食に決めた)。
のぞみと過ごす朝は、毎回こんな風にドタバタしている。
が、これはこれで中々どうして楽しいもの…朝が苦手で、口が悪くて、その上とんでもなくお転婆娘な彼女と過ごす毎日は全く飽きない。
前の自分は、こうして毎日楽しく過ごすなんて事は出来ただろうか?いや、無理だろう。
本当、彼女が生まれてきてくれて、自分の妹になってくれて良かったと心から思う――そんな事は口が裂けても言えないのだが。
今日もまた面白いことが起こるだろうか。
にやりと笑みを浮かべながら、腹を空かせているだろう彼女のために朝食を作ろうと、キッチンのある1階へと降りていった。
途中、着替えやら荷物やらを忘れてきたらしく1階の洗面所から2階へ戻っていく彼女とのすれ違い様、
「弁当何食いたい?」
「んー…肉。」
「アバウトだなおい。」
「あ、生肉詰めるのは止めてね!」
「詰めねぇよ!どんだけ食に関して信用ないんだよ俺!」
無垢な目で言ってくるものだから若干ショックを受けた。
いや確かに心当たりはありまくりだけど!
「あとリビング酒臭い。」
「ぐっ。」
それについてはさすがに飲みすぎた案件があったので素直に謝った翼であった。
数十分後、のぞみが身支度を終えた頃朝食と弁当が出来上がった。
「おーい飯出来たぞー。」
「ありがとうママ!」
「誰がママだよ!オラ早く食え!」
「わーんママが怒ったー。」
「テメエ…。」
懲りないのぞみに"制裁"の二文字が頭を過ぎったが、自分の作ったものを美味しそうに食べてるものだから、まあいいかとテーブルに座りなおした。
ちなみに、頑張ってはみたが結局人ならざる者が食いそうな弁当が出来上がってしまったので、妥協に妥協と諦めを重ねて、ハムレタスサンドにした。
切ってソースやら何やらを塗ったパンに挟むだけ、なんて素晴らしいことか。
比較的少食な彼女に合わせて量を調節した朝食を食べる彼女に、一旦暇になった翼は「そういえば、」と話しかける。
「なに?」
「アイツ、サム。今日車手に入るかもしれないんだってよ。」
「へー。でも車ってお金かからなかったっけ?」
「今日のテストで良い成績取れたら、ロンさんに半分金出して買って貰うんだとよ。」
サム、とは隣の家に住む幼馴染の"サム・ウィトウィッキー"のことで、ロンはその父親だ。自分達だけでなく、親同士も仲が良い。
サムとは学校までのルートが途中まで同じで、防犯も兼ねてよく一緒に登下校しており(一緒に行けないときは翼か親の片割れが付き添っていく)、学校が終わった日には彼の家に遊びに行ったりして、結構構ってもらっていたりする。
「まあ最初の車だから、多分中古車か何かだろうがな。どーせ買うなら新品の方が良かったーとか愚痴りそうだなアイツ。」
「ふぅん?」
親や親戚、時々サム一家などからよく御下がりを貰ってそれで済んでいるのぞみは、いまいち新車と中古車の良さの違いが分からないようで、小首をかしげていた。
ちょっとくらい古くても良いモノならそれで良いんじゃない?
むーん、と眉間に皺を寄せて不思議そうに考え込んでしまった彼女を見た翼は、「車の場合、古いと修理する時に最悪パーツ無くて修理できなかったりとかがあるから、新しい方が良いってことがあるんだよ。」とザックリ説明してやった。
ちょっと納得がいったみたいで「車ってめんどくせー。」で落ち着いた(それでもまだ若干釈然としていないような気もしたが)。
「まあな。そんでだな、ロンに『もし暇なら一緒に見に行くか?』って誘われたんだが、お前行くか?俺は行くつもりだが。」
「じゃー行く。でもサム良い成績…Aとか?取れるの?」
「何の悪意も無いただの素朴な疑問だと思うがそれ絶対サムに聞いてやるなよな。」
さすがに子供のイノセントなパワーで威力を倍増された鋭利な刃で変にプレッシャーをかけるのは可愛そうなので、釘を刺しといた。
「?分かった。」とか言ってるが果たしてこちらの意図することを全て汲んでいるのかが微妙な雰囲気なので聊か心配であった。
「いってきまーす!」
「おう、車に轢かれて死ぬなよ。」
相変わらずな彼の見送りに「物騒だなおい!」と突っ込みつつ、ばたばた音を立てながら出て行った。
今日も遅刻は大丈夫そうだ。
今しがた家を出たらしいサムと一緒に登校して行ったのを見て、ほっと肩を下ろした。
やっと一息つける、リビングに戻るとどさりとソファに体を埋めた。
「…、…。」
なんの気なしに、傍の窓に見える空を見上げた。
空は、どこまでも青く、どこまでも澄み切っていた。
――ああ、今日も平和な一日になりそうだ。
うつらうつらとしながら、ふっと安心したように、その穏やかな日差しに包まれながらそっと目を閉じ眠りについた。
二日酔いも、まだ少し残っていたことだし。
――ちなみにそういうことで、彼は後に夕方まで眠るというある意味大快挙を挙げることとなる――。