『大好きな嘘』
□36
1ページ/1ページ
□■□■□■
…何故今こんなことを思い出したのだろう。
淡々ととりとめのない昔話をキルアに話しているうちに余計なことまで思い出してしまった。
考えごとをしていたものだから、うっかり油断してキルアの右ストレートをモロにくらってしまう。
5-1、と審判のコールがかかる。
口の中が切れたらしいレイレはペッと少量の血液を唾とともに吐き出した。
「お見事。」
キルアへの賞賛の言葉。
嬉しそうに目を細め、しかしその奥の狂気を押し殺す。
目の前のキルアの真っ直ぐで、強い目。
レイレに一発入れたほんの少しの達成感。
…あぁ、
あぁあぁあぁ!!
何故、何故キミはそうもボクを敵対視するのでしょう?
勝ち目がないと、わかっていながら…!!
レイレが一歩前に踏み出すと、ただならぬ恐怖を感じ、キルアは後ろに下がる。
頭に響く警告音。
レイレは口の端を吊り上げ、不気味な笑みを向けた。
キルアも一度だけ見たことがある。
…最終ハンター試験のヒソカと対戦したあの時の顔だ。
レイレはその時初めて、ポケットに入れていた手を出した。
キルアの身体中から出る冷や汗。
ここは闘技場、逃げ場などない。
じわじわと自分にかけられる威圧感。
地面に汗が落ちるのとほぼ同時に、レイレの姿がキルアの視界から消えた。
「さようなら。」
耳元で囁かれる声、首もとにあてがわれるナイフ。
声をあげることすらできなかった。
殺されることを悟る。
死への恐怖を感じた。
『レイレ』
誰かの声が頭で響いて、レイレは我に返った。
咄嗟にナイフの刃を左手で掴んで、キルアへの殺人衝動を無理矢理抑え込む。
「…降参です。」
立ち上がって、自分の血で濡れたナイフを落とす。
キルアは困惑と驚愕の瞳をレイレに向けた。
一気に観客が静まり返る。
「聞こえませんでしたか?審判。ボクは降参します。彼の勝ちです。」
彼女の言葉に戸惑いつつも、審判がキルアの勝利宣言をだした。
レイレは安心したように息を吐き出して、今自分が闘い終えたリングに背を向ける。
「…なんで…?」
まだ震える声でキルアはレイレに問う。
「キミを殺してしまったら、イルミに怒られてしまいますから。」
「嘘つき。」
こちらに胡散臭い笑みを向けるレイレにキルアは漏らす。
「そんな顔してねぇよ。」
不快気に顔を歪め、しかしレイレはそんなキルアに答えずにその場を後にした。
納得のいかない観客からの罵声や怒声を背中に浴びて。
レイレの行動を制止させた頭の中のあの声は、イルミのものではなかった。
何故自分でもその人物の声を思い浮かべてしまったのか全くわからない。
レイレは頭を押さえて壁に寄りかかる。
試合中は忘れられると思ったのに。
何故、自分はこんなに彼のことを考えてしまうのだろうと、悔しく思う。
…もう、手遅れなのだろうか。
もうこの気持ちを、認めてしまうしかないのだろうか。
苦しい胸を押さえつけ、レイレは天空闘技場内を駆け抜けた。
自分を引き戻し、殺人衝動を止めたその声は、
不覚にも安心してしまうその声は、
…今最も会いたくないと思っているはずの、ヒソカのものだった。
NEXT.