『大好きな嘘』2

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…床に身体を叩きつけられ、それでも抵抗はせず、腫れたであろう頬を押さえ、空虚な眼差しを目の前の男に向けた。

その目が気に入らなかったのだろう、腹部を思い切り踏みつけられる。

痛くはない、所詮一般人の攻撃だ。

悲鳴も何も、あげる必要はない。

「…この俺様に刃向かいやがって…!!」

耳障りな男の声。

その声を今まで何度聞いてきただろう。

反吐が出るほど不愉快だ。

「……申し訳、ありません。"お父様"…。」

ああ、紛いものなりにこの男が父親などと考えたくない。

この一族の恥晒しを。

こんな男、簡単に殺せるのに。

でも、我慢しないと、ここでこの男を殺したら、今までの苦労が全て水の泡になってしまう。

荒い息をして、こちらの気など知らず、寝室に向かう男を見て、のろのろと立ち上がる。

『失礼しました』と声をかけ、扉を開けると、見知らぬ女が1人立っていた。

…またか、とため息をつきたい気持ちを抑えその女の横を素通りする。

汚らわしいものを見るような視線だ。

けど、ボクと貴方いったいどちらが汚いのでしょうね?

「…お嬢様。」

近くで待機していた執事のヴァトラーが、心配そうにレイレを見つめている。

自分より長い髪を1つに束ね、いつもは殆ど閉じているに等しい狐目で、眉を下げる様子が内心少しおかしかった。

「平気です。」

それでも、自分の表情は変わらない。

ここに戻ってきてから、笑えていない。

無表情なイルミを言えたものではないなと、蒼白な顔の裏で思う。

少し、寂しくなった。

部屋に戻ると、ベットの縁に腰をかけ、栞を挟んでいた本を開く。

「…明日、出かけようと思います。」

「どちらに?」

「パドキア。」

パラリとページを捲る音だけが響く。

「私用船の準備をしてください。くれぐれも、あの男にバレないように…。」

「畏まりました、お嬢様。」

『お供します』と言ってくれる彼にページを捲る手を一度止め、『ありがとう』と笑顔を向ける。

けれど、レイレ本人、うまく笑えている自信はない。

ヴァトラーの少し悲しい顔を見て、やはりダメかとため息をつく。

頃合いをみて彼が部屋を出るのを確認すると、再びページをめくり始める。

…1人は、寂しい。

「情けないなぁ…。」

苦笑して、窓の外に目を向ける。

空が陰り、今にも雨が降り出しそうな天気。

明日はうまく笑えるだろうかと、栞代わりに使うスペードのエースのトランプを握り締め、彼女は目を閉じて、あの奇術師の後ろ姿を思い浮かべるのだった。




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