short story
□雪の繭
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風が上空で不気味な唸り声をあげる
漆黒の夜の闇を駆け抜けてきたつむじ風が、雪を舞い上げ、窓を鳴らす
ミネルバ・マクゴナガルは、そこはかとない寂しさと不安を誤魔化そうと暖炉に薪をくべ、冷えた手をかざした。
全ての闇が去り、新しく生まれ変わった魔法界の象徴となったホグワーツの激動の一年がまもなく終ろうとしていた。
深夜の静かな空気も、今夜は特に厳かで張りつめている。
校長に就任してからずっと、細い肩に見えない重圧を背負ってきたミネルバは、柄にもなく暖炉の前で床に座り込んだ。
ホグワーツの大時計が零時の鐘を鳴らすまで後15分。
ミネルバはダンブルドアの形見の半月眼鏡を外し、目頭を強く押さえて目を閉じた。
目の奥がずん、と重く、熱い。
肩も背中も、まるで石のようだ。
自然と眉間に力を入れる癖がついたのだろう。鏡を見るたびにため息が出るのは、それが消えずに刻み込まれてしまったから。
その時、ミネルバの脳裏を黒い影が掠めた。
緊張の連続だった毎日の中で、現実を直視する自信がないまま、ずっと目を逸らしてきた真実。
今夜はきちんと見なければいけない。
今、向き合っておかなければ、新しい一年を迎えることが出来ない。
そして、私も前に進むことは出来ない。
「…あなたは、もっと、もっと…苦しんだはずです…セブルス…
私の苦労など、比にならないくらいに…
苦しんで、傷ついて…それでも、投げ出さなかった勇気に…
わたくしは…心から、敬意を表します…」
こんな言葉を直接本人に告げたらきっと怪訝な顔をして、「熱でもあるのでは?ミネルバ」と、素っ気なく言いはなっただろう。
あの頃の私なら、相変わらず食えない男だと思ったはずだ。
「今なら、その言葉の奥にある貴方の優しさに気がつくことが出来るのですよ、セブルス…
今なら…きっと…」
言葉に詰まったミネルバの口から嗚咽が漏れた。
口元を押さえても消すことが出来ない泣き声に自分で驚きながら、床にうずくまって泣き続けた。
肩を叩いて励ましてくれなくてもいい
子供じゃあるまいし…と、悪態をつく貴方のあの特徴のある低い声が聞きたい
貴方にしか出来ない、貴方だけの言葉で、私を叱って…
「貴方に、謝ることが出来るのであれば、私はもう、何も望みません…
それなのに…貴方はもう…いないのですね…」
ミネルバの脳裏に封印してきた映像が次々に流れ出した。
「セブルス…
あぁ…ほんとうに…ごめんなさい…」
ハリー・ポッターから、セブルスの真実をすべて聞いた時の罪悪感は、私の人生観をも変えてしまいそうなほどだった。
ホグワーツ決戦で辛うじて勝利したものの、そこにいたすべての者は衝撃を受けた。
そして叫びの館に駆けつけた時、セブルスの遺体はもうそこにはなかった。
「その時…私は心のどこかでほっとしていたのです。
悪態をつかない貴方の姿など、考えられなかった…もう…寮杯を争うことが出来ないなんて…認めたくなかった…
そして、ホグワーツからセブルスを追い出したのは、誰であろう、私なのだという事実を直視できなかった…」
ミネルバのかつての教え子だったこの世で一番孤独だった男は、ここを去る瞬間、何を思ったのだろう。
(私やフリットウィクに杖を向けられた時の貴方の瞳をどうしても思い出せない…)
ミネルバはぐっと息を飲みこんだ。
「私の残りの人生は償いのためにあるのだと思っています、セブルス。
貴方の家だったホグワーツを再建することだけに全力を尽くすと誓います。
どうか、貴方の魂が安らかでありますように…」
新年を告げる鐘の音を聞きながら、ミネルバは祈り続けた。