short story

□Happy Birthday
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「…おい…

…こんなところで寝ていたのか…ずいぶん探しましたぞ…

まったくのんきなものだ…風邪をひくからおきたまえ」


『ぅ……ぅん…あ…?……起きたらだめ、今すぐもどらないと…』


「何を寝ぼけているのだ。こんな所で寝るなんて、まったく…

確かにこの温室は冬でも暖かいが…。

スプラウト先生に頼まれた仕事は終わったのだろうな。

……ど、どうした、なぜ泣いている?」


『セブルス様…夢の中に戻るにはどうしたらよいのですか?

戻らないと、戻って…早く……彼のところにいかないと…』


「何を言っている。夢に戻るなどと…夢は一度目覚めたら同じ夢をみることなどできるわけがなかろう。

まだ、目覚めていないのか?

とにかく、眠るのならベッドで寝なさい。さあ…部屋に…」


『いやです!…すぐに行かないと…もう一度寝かせて…お願いです…』


「…わかったから、もう泣くな。

どのような夢だったのか、話してみたまえ。

場合によっては策があるかもしれぬ。さあ」


『はい…聞いていただけますか?』



その夢は―



私はうす暗く湿った路地裏を一人歩いていました。

小さな古びた教会の階段で、うずくまっている、小さな黒髪の男の子をみつけたんです。

膝を抱えて寂しそうで…涙は流れていませんでした。

でも、確かに泣いてた。

きつく前を睨んでいたけれど、泣いてると思いました。

声をかけようか迷ったのですが、黙って隣に座ることにしました。

彼はとても迷惑そうな顔をして舌打ちしたけれど、私は隣に座り続けました。

日が傾いて肌寒くなったころ、彼は何も言わす、去っていきました。

次の日も私はそこに向かいました。そしたら、彼はまた同じ場所で座っていた。

でも、何も話してくれません。

それでもよかった。

彼の隣にいるだけで私はなぜか穏やかな気持ちになれたんです。

そんなことが何日も続いていきました。


冬になり、雪がちらつくようになったある日。

彼は涙を流していました。

私は何故か尋ねました。

そうしたら彼が初めて口を開いたんです。

でも、その言葉はとても悲しいものでした。


「今日は僕の誕生日らしい。

父さんが教えてくれたんだ。

一年で一番忌まわしい日だって。

お前が生まれたこの日から俺の人生が台無しになった。

だから、生まれてくるな。

俺の子としてじゃなく、違う家に生まれなおせ。

お前は魔法使いらしいな。そのくらい簡単にできるのだろう。

何のための魔法だ。

父の願いも叶えられないくせに、偉そうに家の中をうろうろするな、出ていけ。

そう言ったんだ。

僕は好きであの家にいるわけじゃない。

まだ学校にも行っていないし、それに母さんだけは僕が帰らないと悲しむ。

だって、父さんの怒鳴る相手が母さんだけになっちゃう。

そんなの、僕はいやだよ。

母さんが泣くのを見るのは嫌いだ。

母さんは女の人だから、僕が守らないと。

でも僕は何もできない。変わりに父さんに怒鳴られて、叩かれる事しかできないんだ。

…ねえ、魔法学校って闇の魔法は教えてくれないの?

父さんをこらしめる魔法は教えてくれないの?

お姉さんは知ってる?闇の魔法のこと。

知ってたら教えてよ。

学校で教えてくれないのなら誰に教えてもらえばいいの?」


私は、知ってるけど教えることはできない。

だって、君は優しいからきっと後悔する。

人を傷つけた事をきっと後悔するよ。

そう、言いました。だって、彼の瞳はとても優しかったから。

でも、その子は心底がっかりしたようで、私に失望した顔を向けました。


「闇の魔法は教えられないけど、違うことは教えられる。

一緒に行こう。私のおうちに」

私は彼の腕を握って『姿くらまし』して自分の家に連れて帰り、彼に毎日魔法薬の調合をおしえ始めたんです。

彼はとっても飲み込みが早かったし、調合している時だけはすべてを忘れることができるって喜んでくれて…

私もすごく嬉しかった。先生の気分を味わうこともできたし。

最後の仕上げはフェリックス.フェリシスです。

調合はとても難しく、完成まで半年かかるけど、私も彼も根気よく続けました。

何よりも彼とすごす毎日は楽しかった。

とても幸せだった。

完成したのは彼の誕生日の一週間前でした。

その時の彼の顔は輝くように素晴らしかった。

そして…彼がフェリックス.フェリシスを一匙飲んだあの笑顔…

セブルス様にもお見せしたいくらいです。



それからしばらく、彼は姿を見せなかった。

私はとても心配で、毎日の教会の階段で日が暮れるまで待ちました。

もう会えないのかとあきらめかけた彼の誕生日の前日。

彼はやっと姿を見せてくれた。

嬉しくて駆け寄った私より先に、彼は弾んだ息で叫ぶように言った。

頬を赤らめて、少年らしい笑顔で。

「僕、…僕ね、好きな子ができたんだ。

魔法薬を飲んだあの日、家に帰る途中で見つけたんだ。

僕にはすぐにわかった。

あの子こそ、僕の運命の人だって。

だってあの素晴らしい薬を飲んでいたから。

赤い髪がふわふわ揺れてエメラルドみたいな目をしてるんだ!

とにかく…すごく、キレイな子なんだよ!

…ねえ、お姉さん、恋をしたことはある?

どうしたらあの子に声をかけられるの?

あんなに素晴らしい薬を調合できるお姉さんなら、どうしたらいいか、教えてくれるって思ったんだ。

できれば魔法じゃない方法で仲良しになりたいんだ。

だって、魔法はいつか解けてしまうでしょ。

あの薬だって、次の日にはまた父さんと母さんの喧嘩がはじまってしまったし…」


僅かに曇った彼の顔はそれでも以前のような闇は感じませんでした。

彼の恋心がそうさせているんだと思うと、嬉しくて。でも、どこか寂しい気持ちもありました。

私は小さな失恋をしたんだ、と思いました。


『そうね…忘れているようだけど、明日はあなたの誕生日だよね。

そう、一年もたっていたんだね。

私は今からケーキを焼いて、私のあの家に飾り付けをして、たくさんご馳走を用意しましょう。

食べたい物はある?

なんでもいいわよ。女の子の好きそうなもの?

わかったわ。デザートも沢山ね。

そしたらあなたは今からその子に勇気を出して声をかけてきて。

明日、僕の誕生会をやるからおいで、って。

大丈夫よ。女の子はみんなパーティが大好きだもの。

お洋服?私はそのままでもいいと思うけど、あなたが嫌なら、それも用意しましょう。


後はあなたの勇気さえあればきっとうまくいく。

ね、だから、明日この場所にその子を連れてきて。

全部、私に任せて。

素敵な誕生日にしてあげる。

約束します。私に楽しい毎日をくれたお礼ですから。

だから、がんばって、ありったけの勇気を出して声をかけるのよ。

あなたならできるわ!』


はにかんで少し迷っていたけど、彼は笑顔で手を振って走っていきました。

でも…

彼の名前を聞いていなかった……一年もの間毎日会って、一緒にいたのに…

バースデーケーキに彼の名前を入れてあげたかったのに……


彼の笑顔が見たかったのに……






『早く戻らないと……

彼がまってるんです。可愛い赤い髪の彼女と一緒に……

だから…』


「もう、いい。…よく、わかったから、もう泣くな。

…彼なら大丈夫だ。今頃幸せに、好きな子と一緒に誕生日を祝ってる。

プレゼントもケーキも必要ない。

好きな子と一緒ならそれで充分だ。それ以上は彼も望んでいないだろう。

そう思わないかね。お前ならそれが一番の幸せだとわかるだろう?」


『…はい…おっしゃる通りです。…でも…』

「さあ、部屋に帰ろう。

まだ、十二時まで時間はある。

一緒にワインでもどうかね。

たまにはいいだろう。その子の誕生日を影ながら祝ってやろうではないか」

『…ありがとうございます…』

「やっと笑ったな。その子もお前が笑っていた方が嬉しいと思う。

お前が彼の笑顔が欲しかったように、な」



『はい…やっぱり……

とっても大好きです。セブルス様…』

「…言わなくとも解っている。聞きあきた」

『ぁ、赤くなった。ふふ…かわいい』

「こんなに暗いのに解るわけなかろう!

静かにしろ。

夜更けだぞ!」

『セブルス様の声の方が大きいですよ』

「うるさい、行くぞ」

『きゃっ!誰かに見られますよ。

腰に手なんて回したら…いいんですか?』

「今日は、いいんだ。特別な日だからな…」

『それにしても…本当に夢だったんでしょうか?

夢にしてはとてもリアルで、彼の小さな手の感触が今でも残ってる…

まるで、時間を遡って迷いこんでしまったみたいな気がするんです……』


「ああ…そうかもしれないな…。ひとりぼっちの彼がお前を呼んだのだろう。

お前なら自分を救ってくれると…

きっと、そうだろう……」



今さら、誕生日など。とっくの昔に忘れたはずだったが……

なかなか、いいものだな。

好きな人が側にいてくれたら、本当に何もいらないのだ。

何も……

そして、我輩を救うのは過去も現在もこの人だ、とそう言いたいのだろう?

本当は、解っている。

メッセージはありがたく受け取っておこう……
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