長編夢小説 『 Unusual world 』 

□『第2章』 6話 - 狂れた傀儡達【後編】 -
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・・・・




・・・・









あれから、3分近くが経っただろうか、状況は緊迫していた。

次第に、梨花を取り囲む敵の輪が間隔を狭め、

そして彼女自身も、出血により衰弱し始めていた。




目の前から迫りくる大柄の死体が振り下ろす斧を避けると、

薄れゆく意識の中でそれをかろうじてよけ、

すっと胸元に入り込み高らかに剣を喉元から突き立てる、

大柄の頭がその場に落ちると、

その瞬間後方から気配を感じたが、肩の痛みより、一瞬身体が硬直してしまった。

まずい、そう思った瞬間、背中に衝撃が打ち付けられ、思わず息が詰まった。

直後に激痛が走り、喉から自分のものとは思えない悲鳴が溢れる。

熱く灼けた本能で体をひねり、振り返りざま背後の死体の顎を肘で打つ。

腐った首は脆くも吹き飛んだが、だくだくと背中から流れる熱い血も見えた。

ククリナイフが刺さったのだ。膝をついてしまう。







「・・・ッ・・。」



『梨花!正面です!』



ハルカの声になんとか反応する。



日本刀を振りかざした男の死体が突進してくる。

肉薄した瞬間、地面を蹴って男の腕の下に潜り込むと、剣の柄で顎を打ち上げる。

そのまま肩を使って死体を体の後方へ転がすと、更に次の死体が迫っている。

息つく暇もない――――




眼前に迫る、バットを振りかざすその死体の姿は、

今しがたspringに真っ二つにされた男の姿。

剣を構えようとするが、間に合わない。

バッドが背部に炸裂した。



「ぅぁ・・」


一瞬目の前が真っ白になり、首がもぎ取られたみたいな衝撃に襲われた。

そして直後にずくずくと脈打つような鈍痛が頭蓋内を蹂躙する。

全身から力が抜け、倒れ込みそうになったが、もはや意思の力ではなく、

危険を察知した本能が体を制御してなんとか姿勢を保った。








「ぼくがああああああああああああああ!!」


「くっ」


まずい。

そう思った矢先。

とどめを刺そうと高らかの声をあげる男の死体がバッドを振りかぶって襲いかかってくる。






ダァーン!!!

!?

その瞬間、その男の死体を牽制するかのように弾丸の音が響いた。





『梨花!準備が完了しました』

ふらつく足下、混濁した意識と生気が抜け落ちそうな目。


そんな時ハルカの言葉聞いた梨花は、

そっと微笑み、身体をゆっくりと立て直すと剣をまっすぐに構えた。



男の突進と、スウィングに合わせて、一瞬の集中力で待ち構えると、


「らあぁ――!!」

唸り声と共にカウンターで剣を突き出した。

男の死体の顔に、剣先が沈み込み、首がへし折れた。

吹き出す鮮血。その体は後方へ思いっきり突き出され、

巨人にはたかれたように後方へ吹き飛んだ。
 




がんがんと痛む頭を押さえると、滑った血がぐじゅっと音を立てた。

息を荒くし、襲い来る吐き気と激痛を必死に耐える。

辺りを見渡すと、次々と首に荒縄のかかった死体が身を起こしていた。

とても戦える数じゃない。絶望感で膝をつきそうになる。


そんな時だ。






『ホストの一部を制圧完了! 糸(スクリプト)を切断!!』


ハルカの声がした。

後方にいた彼女がさっと腕を振るうと、

死体の首に巻き付いていた縄が音を立てて引きちぎれ、

死体達ははばらばらと崩れ落ちる。


ゆらゆらと周囲を取り囲んでいた血みどろの影が、音を立てて死体に戻っていった。

ふらつき、朦朧とする意識の中で、やったと思った。





しかし、安堵したその瞬間

「あはははははははははは――――――!!!!」

凶器じみた笑い声が迫ってきた。

はっと眼を向けると、チェーンソーを振りかぶったspringが、

凄まじい跳躍でこちらに肉薄してくるのが見えた。

攻撃も防御も間に合わない。

とっさに地面を蹴って転がると、そのすぐ頭上を、回転する無数の刃とエンジン音がかすめていく。

受け身を撮って身を起こすが、すぐにspringはチェーンソーをの梨花頭へと振り下ろしてきた。


「くそッ!!」

もはや本能梨花では剣を両手でチェーンソーへとつきだした。

金属と金属が猛速でこすれ合う金切り音が鼻先で悲鳴を上げる。

火花が散って、視界を真っ赤に染めた。



「死んで!死ねよ!私と一緒に、死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――!!」

とても少女の細腕とは思えない力でぐいぐいとチェーンソーを押しつけられる。

このままでは押し負ける。

乱暴な攻撃でがら空きとなっている彼女の足下に気づくと、

渾身の力を込めてフロントキックを叩きつけた。






「あぅッ!?」

springがたたらを踏んで後ずさる。

その隙を突いて距離を取り、肩で荒々しい息をする。



『失血で身体機能40%低下!』

ハルカに言われて、肩を覆う重たい熱のような感覚に気がついた。

手をやると、肩口から首に近い部分からだくだくと血が吹き出しているのが分かった。

途端、ぐらっと視界が揺らぎ、梨花は慌てて頭を振って、なんとか意識を保つ。



『クリア条件は修正できましたが"ホストを倒す"にしか設定できません! 

彼女を倒さないと――――あと数分しかない!』


大量の出血が梨花の意思を根こそぎ奪おうとしていた。

向かいに立つspringは目のつり上がった鉄仮面の下でいきり立っている。

チェーンソーの紐を引いて高らかにエンジンを響かせた。

梨花は何とか応じようと剣を構えようとする。




「うがああああああああああああああ!!

がぁ、あああ、あああああああああああああ!!!!

首を、よこせええええええええええええええええ!!!!」

springが跳躍した。

迫り来る彼女を視界に捕らえた梨花だったが、

意識が朦朧として体の動きはひどく鈍い。

まるで逆にオーバークロックを使われたようだった。

それでも意思だけは明確にspringを倒すことに集中していた。

地獄の底にたらされた一本のクモの糸を手繰り寄せるように、

足元に落ちていたバットを蹴り上げ。空中でひっつかみ、バッティングの要領で思いっきり振りかぶる。

手を伸ばせば触れられそうな距離まで肉薄したsprigのチェーンソーに狙いを定め、

まず振りあげた足を下ろし、勢いそのままに腰をひねり、

全身のばねを存分に使って全力で振りぬいた。

耳を覆いたくなるような甲高い音がして、硬い手応えが腕に伝わった。

直後、チェーンソーと金属バットが互いにばらばらに吹き飛んだ。



そのままのしかかるように体ごと突っ込んできたspringに押し倒され、

全身を襲う激痛にまみれながら、倒れこんだ。

訳もなく寒さを感じて、ぶるぶると体が震えた。

それなのに、引き裂かれた傷口だけはじんじんと火を吹いているみたいに熱を帯びているのだ。

自分の体が自分のものでないような、霞がかった感覚に包まれる。





『梨花!!』


その時ハルカが呼んでいる声がした。

叫んでいる


――おきなきゃ、そう思った。

手足を動かすとガラスがちくちくと突き刺さるような痛みが走る。






血を吐きながら何とか体を起こすと、

眼前で声高らかに唸りながら、顔を手で覆う姿のspringに気づいた。




「あれは・・。」


「あああああああああ、見ないで、見るな、あぁ、誰も、

私を、見るなぁああああああ・・・」

彼女のかたわらには、粉々に砕け散ったペルソナの破片があった。

チェーンソーの破片が彼女の仮面を砕いたようだった。

何度も何度も顔を床に打ち付ける彼女にふらつきながら歩み寄ると、顔を掴み上げた。

染みもシワもニキビもない、雪原みたいな肌をした整った顔が、呆然と梨花を見上げている。

碧いアーモンド型の目をのぞき込むと、

梨花には感じるモノがあった。

それは違和感でもあったし、やはりという失望でもあった。



かすれる声で、つぶやく。







「あなた、正気でしょ・・」

springは応えなかった。彼女の狂気にまみれた瞳が、

言葉に反応して揺れ動くのがわかった。




やっぱり、そうなんだ――

梨花は奥歯を噛みしめる。



「・・・はぁ、頭が痛いし。

あなたも気が狂った振りをしなきゃ、"昼の世界"で生きられないの?」

梨花は荒い息を吐き捨て、マスクをとって顔にへばりつく血を拭った。

素顔で彼女の目をのぞき込むと、その奥が不安定に律動しているのが分かった。





その瞳の動きだけで分かった。



・・この娘は不安定で、恐がりで、

いつも無理をしていて、

世界の大きさと無情さにちっぽけな自分が耐えられなくなる日を恐れている。


「一緒なんだ、私と――――」

隣にいたハルカがエメラルドの瞳をさっと群青に変えて、梨花に目をむける。

額から血を流して、怯えと焦りに顔を歪めていたspringは、

梨花の言葉に微かに目を見開いた。

固く歪んだ表情は柔らかさを取り戻し、きゅっと唇を結んでみせた。







梨花は微笑みながらその顔を突き放すと、

剣を肩にかける。最後の力を振り絞る。





「あなたを排出(イジェクト)します」

一気に振りかぶり、救いを求める堕天使みたいな彼女の顔に、思いっきり両断した。


その確かな手応えと粉砕音と共に。

その瞬間世界は暗転し、ゲームの電源は落とされた。












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