長編夢小説 『 Unusual world 』 

□『第2章』 5話 - 狂れた傀儡達【前編】 -
2ページ/2ページ














「springーー!!」






血みどろになった男が、足下をおぼつかせながら、部屋に飛び込んでくる。

梨花達は突然現れた別のプレイヤーの存在に、思わずあっけにとられた。



男は手にしていた金属バットを――

武器代わりに使っていたのだろうか。それを投げ捨て、嗚咽を上げる少女に駆け寄った。


「助けに来たよ! よかった、無事だったんだね・・・!」




男はちらちらと梨花達を見ながらそう言った。



『私たちの後をつけていたようです』、とハルカが囁く。


目の前の男はどうやら、こちらを試金石にして罠の回避法を探っていたようだ。

どこにでも狡猾な奴はいるものだ。

しかし。今はそれよりも。。





「なっ、バカなの!?早くその娘から離れなさい!」

梨花はそんなことよりも真っ先に目の前の得体のしれない少女から距離を置くよう、男に言い放った。





「ん??あー、君たちか」

だが。男は梨花に眼を向けると、いやらしい、勝ち誇った笑みを浮かべて言った。



「僕が一番だよ。一番に部屋に入ったからって油断したね。

でもダメだよ。springを一番最初に助けたのは君たちじゃなくて僕なんだ。僕が彼女の王な・・」

言葉はそこで唐突に途切れた。




彼の背後でエンジンがうなり声をあげ、続く声をかき消してしまったのだ。

男が振り返ろうとした瞬間、そのみぞおちから突然血と肉が吹き出した。

凄まじい金切り音が血肉の間からがなり立てる。

断末魔の悲鳴があがったが、全てかき消されてしまった。

彼は倒れ、足下に転がる無数の死体の仲間入りを果たした。

そしてその背後から、血みどろになったデコレーションケーキみたいな少女が、

両手で抱えた自分の身の丈程もありそうなチェーンソーから血をほとばしらせながら姿を現す。




「ぅぅ、ううう、うううううううううううう――――ーッ!!!!」

顔を上げた彼女の顔には、鉄仮面が被さっていた。

悲しげに目を下げた仮面(ペルソナ)。

苦悶の声がその下から漏れる。



「ぅぅぅううるさいうるさいうるさいぃぃぃぃぃ――――!! 

おねえ、ちゃん――――おねぇ、ちゃ――――」


「こ、この娘・・!」

梨花その光景には思わず後ずさる。

その彼女に向けて、少女はチェーンソーを振り回し、血と肉を一直線にまき散らした。

思わず剣で切り払ったが、

梨花の肩に、赤い血がべったりとへばりつく。
 






「さ、最悪・・。」

それが、先ほどまで生きていた男のものであると思うとなお、吐き気を感じる。







「こ、これがお姫様なの・・。

ていうか、は、ハルカ!?これでクリアなんでしょ!?」


傍らで、ウィンドウを高速で処理していたハルカの手元に、

甲高いビープ音と共に真っ赤なウィンドウが滑り込んでくる。

彼女ははっと息をのんで、瞳を真っ赤に染め上げた。


『梨花。。残念なことにクリア条件が書き換えられています』


「なっ?これで終わりじゃないの!?」


『クリア条件が更新中――――ホストによる改変です!』

ハルカが叫び、チェーンソー片手に頭をかきむしる少女へと目を向ける。



少女は頭の中で這いずり回っている虫を掻き出そうとしているかのように、

細くしなやかな指を髪の間に突き立てる。





「ぅぅぅぅ――――でてけ――――ぅぅぅぅぅぅぅうでていけえええええええええ――ッ!!」

金切り声を張り上げた、その瞬間。







「・・。冗談でしょ・・。」

彼女の背後の暗闇がゆらゆらと揺れ、

ゆっくりと、辺りの死体が立ち上がった。

愕然として、梨花は目を凝らす――――

死体は一様に首に荒縄がかけられ、先の見えない闇に覆われた天井からつるされている。

手に手に血みどろの包丁や鉈、

刀やククリナイフをぶら下げていた。



立ち上がる死体の群れが、彼女の背後で波立ち、途端、一斉に襲いかかってきた。

凄まじい数だった。圧倒された梨花とハルカが思わず後ずさった、その時。




「ころせえええええええええええええ――――――!!!!」

真っ赤に染まった目を天へ跳ね上げ、少女は喉がはち切れんばかりの叫びをあげた。

一斉に迫り来る、死体の群れ。




「――オーバークロック!」

四方八方から襲いかかってくる死体の群れは、とても回避できるとは思えなかった。

超反応を得た梨花の視界に、エメラルド色の光線が導くように伸びる。



『光をたどってください!』

ハルカが指し示す回避ルートを辿って剣をふるいながら凶器の群れをかいくぐる。

濃密な三秒間で、なんとか動く死体の群れから逃れるも、オーバークロックの効果はそれで切れてしまった。

荒い息を吐きながら辺りを見渡すと、

天井から次々と襲いかかる蛇のようにのたくった荒縄が降り注ぎ、死体の首に絡みついている。

首を締め上げられた死体が、力ない体で武器を握り、真っ赤に染まった目をかっぴらく。






・・。オーバークロックをまさか初っ端からもう使っちゃうなんて――。

「ハルカ!クリア条件は!?

どうすればあの娘をゲームオーバーにできるの??」


ハルカは右手を換装した銃器を乱射しながら周囲を幾重にも重なったタスクウィンドウに取り囲まれていた。

色濃いエメラルドのタスクウィンドウは、

何かのログデータを濁流のような凄まじい速度で更新していく。




『リアルタイムで今書き換えられています。

現在のクリア条件は"敵の攻撃に1時間耐える"』


「い、一時間・・!?」



じりじりとにじりよってくる死体の群れと対峙して、梨花は冷や汗を垂らす。

『そもそもネバーホリッカーが死亡するまで15分もありません。

不可能なクリア条件であなたと接続しているプレイヤーを巻き込んで自殺する気です』

ハルカはさっとspringへ目をやって、微かに唇を噛みしめる。




『・・クリア条件そのものが罠だったなんて』


「ちょ、わかってるならなんとか――――」

梨花がその言葉を言いかけた瞬間、

ハルカの横顔の向こうから、ナイフを手に人影が飛び出して来たのが見えた。


「危ない!」

はっとしてハルカを突き飛ばし、剣を影の方へ向ける。

あっと声をあげて倒れるハルカ。

入れ替わりに、迫り来る死体が梨花の身体を押し倒した。


コードがぎっしり巻き付けられた鋭いパラシュートナイフが、

獣のように飛びかかってきた死体の手に握られている。

命の危険を察知した体が電撃のような指令を腕に飛ばし、

梨花は本能的に手にした剣で死体の身体を切り裂いた。



手応え。




『梨花っ!?』

「なっ」

だが敵は裂けた身体のまま平気な顔をして、そのままナイフごとのしかかってきた。

突進の勢いが凄まじく、押し倒される。

死体の全身からは死臭がただよい、

お前も仲間にいれてやるとばかりに腕で彼女の細い首を絞める。




「ぅあ・・。」

もみくちゃになり、思わず悲鳴のような怒声をはき出すが、

力を振り絞り、自身の首を絞めている手をはね上げる。

拘束からは逃れたが、

それでもなお死体は不気味な声をあげながらゆっくりと間合いを詰めてくるのだ。



「ごほ・・げほっ・・!」

なに、こいつ、不死身!?

ほとばしる血、敵の体の向こうに突き抜けたはずの剣の切っ先を目にして、梨花は戦慄した。

幸い死体の体は貧相で小さかったので、なんとか剣で突き放し、足で蹴り飛ばした。

だが吹き飛んだ死体達は幾度となく身を起こすと、

なにもなかったように武器を拾い上げる。

少しも痛がる様子はない。






「ぅうぁあああああ――」

再び飛びかかってくる影に向けて、

半狂乱になって梨花は剣を振り抜いた。

だが刃は敵の体を捉えず、その頭上を通り過ぎただけだった。

『梨花!』

傍らで立ち上がりかけたハルカの悲痛な叫び。

あっと思った。



私、刺される。

頭の中が真っ赤な緊急警報で一杯になった。

首筋を切り裂くナイフ、噴き出した血が自分の視界を真っ赤に染める――――

死の瞬間が、鮮明に脳裏を駆け巡る。











!?


だが、唐突に死体は憑き物が落ちたように崩れ落ちた。

跳ね上がった鼓動、ぜいぜいと息を切らし、震える体。

全身が死を覚悟していた。

だが眼前では死体がぴくりとも動かず倒れている。

見ると、死体の頭上の荒縄が、断ち切られていた。







「これは――――」

『・・・・あやつり糸(スクリプト)です』

すぐさま安堵したように梨花のもとにかけよってきたハルカは、

目の色をかしゃっと黄色に変える。

それからエメラルドの瞳を、焦点を合わせる機械レンズみたいに動かした。

彼女は腕を振るい、黄金色に輝くいくつもタスクウィンドウをその眼前に並べた。

何事かわからない文字列や数列がさっとウィンドウを駆け巡る。

 
『梨花。時間を稼げば、死体はなんとかなるかも』

「でも、時間を稼ぐって――――」



だがその瞬間、死体達は一斉に梨花に襲いかかってく来た。

最初は、紅剣をふるい応戦していた彼女であったが、とても相手に出来る量じゃない。





「稼ぐもなにも、こ、こんなのって」

情けなくも必死に逃げ出した。

それに時間を稼げだって? 

そんなこと言われても、そう簡単にやれるものか。

梨花は、毒づきながら、背後に迫る敵の気配に追い立てられるように駆ける。

死体達はまるで獣のように四つん這いでその背に肉薄する。

その速さは獲物を追い詰める野犬のそれで、すぐさま取り囲まれてしまう。

宙に浮いて横を併走しながら、片手の重火器を乱射しているハルカに、

息を切らしながら叫ぶ。




「ハルカ、このままじゃやられるって!」

『分かっています。もう少し待ってください』
 



「そん―――っ。」

胸の奥からわき上がる熱っぽい息を、毒づきに変えて吐き出そうとした、





その瞬間

右肩に、突然の衝撃。

肩に弾ける痛みの熱、頬に飛び散った生暖かい液体の感触。

梨花の喉の奥から、かは、と予期しない空気が押し出された。

腕と胸の間に差し挟まれた冷たく鋭い異物の感触に、右腕が震えた。

















‐ To be continued  -
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ